「港区の幼稚園では投資を教えている」は本当か? 田内学氏が説く「お金の不安」を和らげるための方法とは

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投資は労働より有利、とは限らない

 近年、「労働だけで豊かになるのは難しい、だから投資をがんばろう」という風潮が強まっています。しかし、これからの日本の未来を冷静に見据えたとき、その前提は少しずつ変わり始めています。

 これから2040年にかけて、日本は深刻な人手不足の時代に突入します。ニュースを見ればわかる通り、すでに企業の初任給は上がり始めています。これは一過性のブームではなく、人口減少によって「働き手」の希少価値が劇的に高まっている証拠です。

 これまでは「お金」を持っている人が強い時代だったかもしれません。しかしこれからは、市場原理によって「働ける人(価値を提供できる人)」の立場が強くなっていきます。仕事であれば、スキルを磨いたり、創意工夫を凝らしたりといった「努力」は、成果として比較的ストレートに反映されます。社会が働き手を求めている以上、働くことで豊かさを手にするチャンスは、これまで以上に広がっていくはずです。

 一方で、投資はどうでしょうか。もちろん、資産運用自体は否定しませんが、「努力」との関係性には冷静になる必要があります。仕事と違って、投資の世界はどれだけ必死に勉強しても、どれだけ時間をかけて分析しても、必ず勝てるわけではありません。プロの機関投資家ですら読み間違える「不確実な未来」を相手にするからです。

「投資を勉強すれば、労働よりも楽に稼げるはずだ」、そう信じて、コントロールできない相場の動きに一喜一憂して心をすり減らすよりも、努力が成果に繋がりやすく、かつ社会から求められている「働く力」を磨くこと。これからの時代においては、その方が結果として「お金の不安」を減らすための、合理的で確実な選択肢になるのではないでしょうか。

 2024年から始まった新NISA制度もあり、投資への関心は高まっています。ただ、長期的な視点で見れば、例えば日本の国債(30年もの)の利回りはおよそ3.3%の水準まで上がってきています(2025年11月時点)。100万円をこの金利で運用すれば、30年後に約265万円になります。リスクを取って運用せずとも、ある程度資産を守れる選択肢も出てきています。「みんながやっているから」と焦ってリスクを取るのではなく、自分にとって本当に必要な運用なのか、一度立ち止まって考えてみてもいいかもしれません。

「社会の課題」と「自分の課題」を分けて考える

 経済産業省が発表した、2026年1~3月の電気・ガス料金への補助(7000円程度)。足元の生活が苦しい中、家計の負担が減るのは確かに助かります。ただ、少し長い目で見ると懸念もあります。安易に価格を補助し続けることで、「省エネ」や「エネルギー転換」が進みにくくなる側面があるからです。結果として化石燃料の輸入が増え、円安が進み、さらなる物価上昇を招いてしまう――。生活を助けるための施策が、回り回って私たちの首を絞めることになりかねません。

 一方で、人手不足の解決や、未来の生産力を高めるための「人への投資」は非常に有意義だと思います。教育の無償化や、子育て世帯への支援などは、社会全体として投資する価値が十分にあるでしょう。

 多くの人が抱える「老後の不安」は、突き詰めれば年金問題に端を発します。しかし、その根本的な原因は、今の現役世代が怠けているからでも、個人の努力が足りないからでもありません。少子高齢化という「人口構造のいびつさ」にあります。本来は政治や政策で解決すべき問題までが、「個人の努力」でなんとかすべき課題のように語られがちです。過度に不安を抱え込まないためにも、「これは社会の仕組みの問題だ」と割り切り、「社会の課題」と「自分の課題」を切り分けて考えることが大切です。

 また、私たちは金融資本だけでなく、「社会関係資本」を同じくらい大切に積み上げていく必要があります。社会関係資本とは、信頼できる周囲の人との繋がりです。個人のお金だけでは解決できない課題が増えていく中で、不安を共有し、支え合える関係はこれまで以上に重要になってきます。お金を「増やす」ことだけに執着せず、「支え合いの仕組みを回すための道具」として使う。家族や友人との関係を育てるために使ったり、困っている人を支援したりする。そうした使い方が、人との繫がりを生み、結果としてお金そのものへの漠然とした不安も和らげてくれるはずだと思っています。

田内 学(たうち・まなぶ)作家・社会的金融教育家
1978年生まれ。2003年、東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了後、ゴールドマン・サックス証券に入社。16年間、日本国債や円金利デリバティブ、為替などの業務に携わり、2019年に退職。著書に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)、『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)、『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(朝日新聞出版)がある。

デイリー新潮編集部

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