関連グッズは投げ売りされ…5年前の状況からは予想もつかなかった映画「鬼滅の刃」再びの大ヒット

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物語の核に普遍的なテーマ

 物語の核に家族愛や自己犠牲といった普遍的なテーマを据えていることも重要である。子どもにとっては剣戟(けんげき)アクションや派手な必殺技が魅力的に映り、大人にとっては兄妹愛や仲間との絆、亡くなった人々への思いといった人間ドラマが深く響く。

 特に「家族を守るために戦う」という構造は感情移入しやすく、また登場人物がそれぞれの悲しみや喪失を抱えながらも前進していく姿は、現実の困難と重ね合わせて受け止められる。この二重構造が親子での鑑賞や世代を超えた共有体験を可能にしている。

 さらに、キャラクター人気の持続も大きな推進力になっている。炭治郎や禰豆子といった主人公だけでなく、柱や鬼といった脇役にまで緻密な背景や人間的魅力が与えられており、ファンは推しキャラクターの登場や活躍を見るために映画館へ足を運ぶ。

 推しの声優の演技を劇場の音響で堪能したいという動機も加わり、作品が公開されるたびに特定キャラクターを中心とした観客動員が生まれる。こうした人物造形の豊かさは、二次創作やグッズ販売などの周辺市場も活性化させ、結果として作品全体の寿命を延ばすことにつながっている。

 前作の大ヒットが生まれた背景も、今作の成功に影響を与えている。「無限列車編」が公開された2020年は、新型コロナウイルスの影響で他の大型映画が次々と公開延期になる中、数少ない大規模娯楽作品として集中して観客を集めた。これにより日本映画史上最高の興行収入を記録し、「『鬼滅』の映画は必ず満足できる」という強固な信頼を形成した。この成功体験は観客の記憶に刻まれ、次回作が発表されればとりあえず見に行くという行動を促す下地となった。

 市場環境の追い風も見逃せない。近年の日本アニメ映画の市場は全体的に拡大しており、「ONE PIECE FILM RED」(2022年8月公開)、「THE FIRST SLAM DUNK」(同年12月公開)、「名探偵コナン 隻眼の残像」(25年4月公開)など、幅広い層の観客を動員するヒット作が続いた。その中で「鬼滅」は、知名度、信頼度、ブランド力の三拍子がそろっており、新作が公開されれば確実に一定以上の動員が見込める稀有な存在となっている。

 競合作品との比較においても優位性がある。近年のハリウッド大作はシリーズ化の疲労感やストーリーの複雑化が目立ち、また、実写邦画の大型企画は減少傾向にある。その中で「鬼滅」は、わかりやすい感情曲線、美しい映像、確実なカタルシスを安定的に提供し続けており、観客にとっては「迷ったら『鬼滅』」という選択肢が自然に成立している。こうした選択コストの低さが、安定した集客を生み出す大きな理由となっている。

 最後に、製作・宣伝サイドの広報戦略の巧みさも見逃せない。原作者や主要スタッフ、キャストの過剰な露出を避け、作品そのものを主語にした情報発信を徹底している。宣伝は主題歌、映像、キャラクターといった安全かつ魅力的な要素に集中し、炎上や不要な論争を招くリスクを極力抑えている。これによりファンが純粋に物語と向き合える環境が守られ、結果として長期的な人気の安定につながっている。

 劇場版の「鬼滅」の人気は一過性のものではなく、さまざまな要因から人々が求めるエンターテインメントの「正解」がそこにあった、ということを意味している。勢いはまだまだ止まりそうにない。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長、漫画『イロモンガール』(白泉社)の原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太 これからのお笑いをリードする7人の男たち』(双葉社)、『お笑い世代論~ドリフから霜降り明星まで~』(光文社新書)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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