作家の小原晩が振り返る、「息をするのがむずかしくなる」ような初恋 自分の恋を予習復習するように聴いたaikoの曲とは
自分の恋を予習復習するみたいに……
はじめての恋人ができたばかりだった。そのひとは、同い年の、ちがうクラスの男の子で、笑顔のかわいいひとだった。
はじめての恋人、はじめての恋愛、はじめての、なにもかも。それはもう、悩ましくて、手に負えなくて、でも、うっとりするほど甘やかだった。たとえば、目を合わせて、ちいさく手をふる。すると、なんとも言えないふしぎな感じが胸に湧いてきて、ちょっとだけ息をするのがむずかしくなる。
家から学校までは、歩いて15分ほどで、砂利道を選ぶと近道になる。わたしは、じゃり、じゃり、と足元を鳴らしながら、ふと、彼と結婚したりするのかしら、と思った。思った途端、なんだかもう、もしかして人生って底無しにすてきなんじゃないの、という気がしてきて、わたしはうれしくて、恥ずかしくて、たまらなくって、砂利道のうえで、スキップをした。じゃりんっ、じゃりんっ、と小石がはねる。スクールバッグを振り子みたいにふりまわす。紺ソックスがずり落ちる。前から、やつれた犬を散歩させている腰の曲がったおじいさんが現れて、スキップをやめる。バッグを肩にかけなおし、おじいさんに会釈する。おじいさんに無視される。犬にはかるく吠えられる。澄んだ冬の空の下、まだ自分の顔がでれでれしているのを感じて、うつむきながら、ゆっくり歩く。
大きな鞄にもこの胸にも収まらないんじゃない?
恥ずかしい程考えている あなたのこと
あの日から ずっとあなたの事が好きだったんだよ
知らなくたっていいけれど 本当は知って欲しいけど
イヤフォンから、「かばん」が流れてくる。わたしのきもちをまるごと歌っているみたいだ。でも、わたしのこころのなかの言葉より、もっとするどくて、もっとだいたんで、もっと少女的で、もっとあふれている。わたしは自分の恋を予習復習するみたいに、数学の授業中も、放課後の部室でも、お風呂に入りながらも、彼との電話を切ったあとも、なんどもなんども聴いた。
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