親日・料理上手・最新作「メガロポリス」の酷評にも平然…字幕翻訳家「戸田奈津子」が語る「天才コッポラ監督」の“頭の中”
「1週間に1本ペースで年間約50本、それを30年続けて、約1500本。楽しくなければ、こんなハードな仕事とっくにやめてますよ。肩は凝るし、目も悪くなるし(笑)」。そう語るのは、日本における字幕翻訳の第一人者、戸田奈津子さん。新たに字幕を手掛けた「メガロポリス」は、現代アメリカを滅亡した古代ローマに見立てて描いた、フランシス・フォード・コッポラ監督の超大作だ。長年の信頼関係にある戸田さんが見た巨匠の姿と、その作品が時代に、映画界に問うものとは?【渥美志保/映画ジャーナリスト】
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ジャングルのど真ん中で刺身と天ぷら
――コッポラ監督との最初の出会いは「地獄の黙示録」(1979年)ですよね。
字幕翻訳者として転機となった、一番愛着のある作品です。ロケ地のフィリピンではとんでもない経験がたくさんできたし、フランシスとの関係もそこから始まっていますね。「いい友達」というと失礼かもしれませんが、亡くなった奥さまやご家族とも親しくさせていただいて、私がアメリカに行けば泊めて下さったりも。
フランシスは近づきがたい大人物ですが、頼みごとのメールはしょっちゅう来ます。でもあまりに多くのことを考えているせいか、「思いついた!」という瞬間に連絡してきては、すぐ忘れちゃう。だから「あの話どうなった?」っていうのはいっぱいありますね(笑)。
――撮影当時の「とんでもない経験」というのは?
フィリピンでの撮影中はジャングルのど真ん中にある立派なお屋敷に滞在していらしたんですが、「今日は日本食をご馳走する」と言い出したんです。若いスタッフに「魚買ってこい!」とヘリでマニラまで買い物にいかせて、日本で買った自分の包丁で捌いて、刺身と天ぷらを作ってくれました。
フィリピンに行く時には必ず東京に寄っていて、四谷あたりの割烹旅館の一室で何週間か滞在していたこともありました。6畳くらいの部屋で「うちの玄関より狭い」とか言いながら(笑)、私たち知り合いを呼んでスパゲッティやらなにやらいろいろ作ってくれました。お料理上手なお母さんに時々電話して「どうやるの?」なんて聞いたりして。コッポラ監督の手料理を何度も食べたことある人なんて、日本人では私たちの他にはいないんじゃないですか。
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