「女子だから思い切り相撲ができない、そんな悲しい思いを後輩にさせたくない」 27歳「今 日和」が挑む“変革”(小林信也)
女子相撲を代表する力士のひとり今日和(こんひより)は、現役生活を2年中断してアルゼンチンにいる。リモート取材で今が話してくれた。
【実際の写真】「自分が女子と意識したことはなかった」今日和のエネルギッシュな相撲
「相撲をオリンピック種目にしたい。それが大きな目標です。女子だから思い切り相撲ができない、夢が持てない、そんな悲しい思いを後輩にさせたくないから」
昨春、実業団を休職し、海外協力隊に志願。相撲の普及と指導を目的に2年の予定でアルゼンチンに渡った。
日本に本部を置く国際相撲連盟は2018年にIOC(国際オリンピック委員会)の承認団体となり、加盟国は80カ国・地域を超える。だが、五輪種目になるにはまだ遠い道のりがある。
今は1997年8月、青森県西津軽郡鯵ヶ沢町で生まれた。先に相撲道場に通っていた兄の影響で小学校1年から、相撲を始めた。
「3年生まで男の子とやっても負けたことがなかった。4年になって鳥井本聖奈さんに負けました。彼女とは大学までずっと勝ったり負けたりのライバルでした」
県立鯵ヶ沢高校に進み、世界ジュニア相撲選手権の重量級で2連覇を飾った。
「鯵ヶ沢は相撲が盛んな町なので、稽古まわしをそのまま持って歩いていると、『頑張れ』とか、『鯵ヶ沢の誇りだ』と声をかけてもらいました。女子も男子も関係なかった。だから自分が女子だというのを意識した記憶もありません」
7年前(18年)、ネットフリックスで今のドキュメンタリー「相撲人」(Little Miss Sumo)が配信開始された。その作品では女人禁制の続く大相撲の伝統に疑問を抱き、ジェンダー平等を訴える旗頭として描かれている。それはイギリス人監督ら制作スタッフが押し出した意図で、本人に強い意識はなかったため戸惑ったという。
「私がやっているアマチュア相撲と大相撲はそもそも違うので、女人禁制といっても私には関係ありません」
初めて男女の格差を意識したのは、大学受験に直面した時だ。
「同じくらいの実績でも、男子にはたくさんの大学から誘いがかかる。女子は相撲で推薦入学できる大学がすごく少なかった。就職にしても、私は運よく立命館から実業団に入れましたが、仕事が一日の9割近くを占める生活で、稽古時間を確保するのは大変でした」
ロシアの難敵
現時点で、女子相撲大会の頂点といえば、毎年開催される世界選手権だ。その無差別級の王者が“最強の力士”とみなされる。
今は、初めて出場した18年世界選手権の無差別級で二回りも大きい海外選手を次々に倒し、決勝に勝ち上がった。身長160センチ、体重は100キロ。ガッシリしているが、世界の舞台に立つと断然小さい。それでも鋭い出足、勢いのある突き押しで相手を圧倒して押し倒す相撲がライバルたちの度肝を抜いた。映像の中でも、今の勝ちっぷりを驚異のまなざしで見つめるロシア、ウクライナ選手たちの表情が印象的だ。
決勝の相手はロシアのアンナ・ポリアコヴァ。公称192センチ、140キロだが、「間違いなく160キロはありました」と今が苦笑する。白鵬の現役時代とほぼ同じ体格の選手が今の前にそびえ立った。
勝負は簡単に決まらなかった。頭をつけて食い下がる今に巨体のアンナがてこずる。崩しにかかる今、こらえるアンナ。反撃するアンナの攻めを懸命にしのぎ、また今が攻める。目まぐるしい攻防が展開された。相撲のうまい今がやや優勢にも見える。アンナは腰高で、どこかぎこちない。そして最後は、右からの下手出し投げで巨体を大きく前に泳がせ、今が勝った、と思った次の瞬間、アンナは軽くステップを踏んで体勢を立て直し、深く上手をつかむと、上から引きずり倒すように今を土俵に這わせた。
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