「舞台できなくてごめんな。この借りは必ず返す」…「侍タイ」山口馬木也が明かした日本一有名な“仕事人”俳優の凄み
コラムニストの峯田淳さんが綴る「人生を変えた『あの人』のひと言」。日刊ゲンダイ編集委員として数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけている峯田さんが俳優、歌手、タレント、芸人……第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返ります。第19回は、中村主水でおなじみ、藤田まことさん(享年76)。数々の人気シリーズを持つ藤田さんが、共演者だけに見せた素顔を綴ります。
【写真を見る】芝居に歌に大活躍! 舞台狭しと躍動する、在りし日の藤田の姿
多くのヒットシリーズを送り出す
はじめに、簡単なクイズを一問。
かつて一世を風靡したミュージカル劇団「東京キッド ブラザース」で柴田恭兵(73)とともに劇団のスターとして活躍した三浦浩一(71)、国民的ドラマにして世界中で放送された朝ドラ「おしん」の名子役・小林綾子(52)、24年の映画賞を総ナメにした「侍タイムスリッパー」の山口馬木也(52)――この3人に共通するものは?
正解は、池波正太郎原作のドラマ「剣客商売」の共演者。
藤田まこと(2010年没)が主役・秋山小兵衛を演じる「剣客商売」は、「鬼平犯科帳」と並んで池波の人気時代劇としてBSで再放送が続いている。小林は小兵衛と40歳年が離れた若い女房のおはる、山口は息子の大治郎、三浦は岡っ引きの弥七を演じている。
実はこの1年余りで偶然、3人のインタビューと記事を構成する機会に恵まれた。それぞれ話のテーマが異なり、小林は「その瞬間」、山口は「涙と笑いの酒人生」、三浦は「死ぬまでにやりたいこれだけのこと」だった(小林をインタビューしたのは作家の松野大介)。
この時、藤田への思いを熱く語ったのは小林と山口。懐の深さや思いやりなど、まさに藤田の人柄がにじみ出るようだった。
「てなもんや三度笠」でコメディアンとしての才能を開花させ、その後は役者として、おなじみ中村主水の「必殺シリーズ」、さらに「京都殺人案内」、「はぐれ刑事純情派」をヒットさせ、晩年に心血を注いだのが「剣客商売」……。
一人でこれだけ多くのヒットシリーズを世に送りだした役者は正直、藤田をおいて他にいない。
1933年生まれ。父親は名前が知られながら居場所をなくしていった人気俳優だった。母親は早くに亡くなり、継母との折り合いが悪く、出征した兄は戦死している。
コメディアン、歌手などを経て「てなもんや三度笠」が当たり役になったが、これは人生の初期の線香花火のようなもの。その後、一気に人気が凋落し、歌手や司会者としてキャバレーのドサ周りの日々……。
「飲め」「食べろ」
「必殺シリーズ」に出会ったのは人生半ばの40歳だった。シリーズ最初の「必殺仕置人」の主役は山崎努だったが、シリーズを重ねるうちに主役は「昼あんどん」、「種なしかぼちゃ」の婿殿こと、中村主水に。
「京都殺人案内」では亡き妻の折り畳み傘を手に京都を歩き回る音川刑事、人情刑事ドラマの決定版「はぐれ刑事純情派」ではやすさんこと、安浦刑事を演じた。ドン底を経験しただけに、藤田ほど、うだつのあがらない男が似合う役者はいない。
藤田は19年前に著書『最期』(日本評論社刊)を上梓している。その内容は苦労人の名言や人生訓に溢れている。しかも軽妙で洒脱、皮肉、ウィットも利いて面白い。「剣客商売」では隠居した剣の達人を演じたが、小林と山口にはどう映ったのだろうか。
藤田は飲み食いを芝居の基本にした。山口が食うや食わずの状態にあることを知って「馬木也、飲め、飲め」と、息子のようにかわいがってくれたという。
小林が語ったのは撮影中の鍋パーティー。鍋奉行の藤田が大鍋を3つ用意し、藤田、出演者、手の空いたスタッフらと鍋を作り、撮影が終わるとみんなで鍋を囲んだ。全員が同じ釜の飯を食う仲間だった。
「はぐれ刑事」で本格デビューした西島秀俊も「とにかく『食べろ、食べろ』と。食べることに困らない現場でした」と『藤田まこと 修芸生涯』(長女の原田敬子著、立東舎刊)で語っている。
山口が思い出すのは藤田の「俺みたいな三文役者」という言葉だった。ドサ周りも経験した“正統派”ではないことの裏返し。卑下や謙遜、照れ隠しも混じっている。
小林は「おしん」では耐え忍ぶ役だが、「剣客商売」では一転してやきもち焼きでプンプン怒る、天真爛漫な女房を演じた。小林にとっては、素に近いおはるを演じたことが女優としてのターニングポイントになった。
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