【後編】「渡鬼」脚本を執筆「AI橋田壽賀子」は“ご本人”を超えたか? 辛口コラムニストは「ファンなら見る価値はある」
橋田節が炸裂!
アナ:となると、AI橋田壽賀子は脚本のどういった部分で活躍したと見ていますか。
林:さっき言った脚本の2つの要素のうちストーリーじゃないほう、ダイアログで主に使われたんじゃないかと考えています。つまりセリフ作りね。ほら、ちょっとコレ読んでみて。
アナ:あ、はい……
「あんなところに来る男なんて下心があるに決まってるでしょ!」
「なに青臭いことを言ってるの。あんたは現実を知らない子供よ」
「自分ひとりで大きくなったような顔して、親をなんだと思ってるのかしら」
「さくらはまだ子供よ。親が守ってやらないでどうするのよ」
「このウチの敷居はまたがせないから」
「学生の本分は勉強」
「未練はないの?」
「未練がないと言えば嘘になるけれど」
……これは番外編に出てきたセリフですね。
林:そう。実際に口にしてみて、どう?
アナ:言葉遣いも考え方も、よく言えば折り目正しいし、悪く言えば古臭い……まさに橋田節ですね。
林:でしょ? 「下心」「青臭い」「敷居」「本分」「未練」なんていう語彙も橋田節だし、書き言葉めいた硬い言い回しも橋田節だし、ジェンダー観や家族観も橋田節。かなり昭和で、かなり壽賀子なのよ。こういうセリフを生成すること、いや、正確に言うならオリジナルの壽賀子が紡ぎ出した前例を踏襲して模倣することは、AIの得意技ですよ。
アナ:確かに。ジブリ調のアニメ絵でもAIがやるのは、どんな線を引いて、どんな色を塗るかというジブリの描画法の模倣でした。
林:メカ壽賀子も、どんな語彙を使って、どんな言い回しをするかというセリフの文体をオリジナルの壽賀子から模倣する。その結果、男女間や家族観まで似通ってくる。そういうことね。
アナ:はい。では、実際には「渡鬼 番外編」の制作で人間はAIにどんな指示を出したんでしょう?
メイキングのほうが見たい
林:設定、筋立て、構成という粗筋、あるいは骨組みは、さっき言ったとおりで、人間が固めてAIに指示した。その後さらに「その骨組みにセリフで肉付けして30分枠の脚本を書け」と指示したんじゃないかなぁ。
アナ:ほうほう。
林:もちろん、骨組みをどこまで細かく人間が組み上げていたかによって、メカ壽賀子が担当した範囲はずいぶん違ってくるけれど、セリフの言葉遣いは九分九厘、AIがやってる。そこがまず、AIが最も得意で、最も任せやすいところだから。
アナ:実際にどこまでAIを活用したのか、どんなふうに指示を出したのか、さらにはどんなふうに「渡鬼」脚本を学習させたのか。そのあたりはぜひ知りたいところですね。
林:いや、ホントそのとおり。正直に言うと、30分の「渡鬼 番外編」そのものより3時間スペシャルの「メイキング・オブ・渡鬼 番外編」のほうが見てみたい。NHKの「プロジェクトX」よりよっぽど面白いお仕事ドキュメンタリーになるはずだもの。
アナ:まったく同感です。
林:だって覗いてみたいじゃない、苦労話、笑い話が満載の制作現場。初期段階ではAIがホンの中身だけじゃなくクレジットまで読み込んじゃったので、親子喧嘩の芝居のさなかにプロデューサーのはずの石井ふく子が差し入れを持って割り込んじゃってましたとか、セリフとト書きの区別さえAIにはつかなくて、脚本の全ページが石坂ひとりのナレーションになっちゃってましたとか。
アナ:面白すぎたり差し障りがありすぎたりで、放送できないレベルかもしれませんが。
林:逆に言うと、そういうメイキングものが今後なんらかの形で明かされないとしたら、AI橋田壽賀子、現時点ではたいしたことなかったのかも……という邪推を生みかねないよね。予算や時間や技術の制約でAIはあまり活用できず、人間側が粗筋以上、つまりはラフなセリフあたりまでを作って、そのセリフの文言の修正だけAIにやらせて終わりました……というのが実情だった可能性もないわけじゃないから。
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