愚策か、有効な奇襲作戦か…中日が「9回2死満塁」でセーフティバント 意外に成功例も多い「2死からのバント攻撃」

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 4月30日の中日対阪神で、4対4の9回2死満塁の一打サヨナラのチャンスに中日・山本泰寛が意表をつくセーフティバントを試みるも、投前に転がったため、失敗に終わった。スタンドはざわつき、“珍プレー”としてニュースになったが、これまでにも2死からのバントは意外に多く、中には試合を決める殊勲打になったものもある。【久保田龍雄/ライター】

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サードの守備位置が深めになっているのを見逃さなかった

 鈍足の捕手があっと驚く2死からのセーフティスクイズを成功させたのが、1986年9月8日の巨人対大洋だ。

 3回にクロマティの左前タイムリーで1点を先制した巨人だったが、6回に先発・槙原寛己が打たれ、1対1の同点で8回を迎えた。

 2位・広島が2ゲーム差で食い下がるなか、何としても勝利したい巨人はこの回、吉村禎章、代打・岡崎郁の安打で、2死一、三塁のチャンスを作る。

 次打者は同年近鉄から移籍してきた34歳の捕手・有田修三だった。「ポテンヒットでいいよ」と王貞治監督に送り出された有田は、斉藤明夫の初球、低めのボール球を見送った際に、サード・山下大輔が後ろに下がっているのに気づいた。

 近鉄時代にロッテ戦でセーフティバントを成功させた有田だが、プロ16年間でわずか15盗塁。初めは「足が足ですからね」と躊躇していたが、山下の深い守備位置を見て、「ひょっとしたら」とその気になり、2球目を三塁線にうまく転がした。

 山下は意表をつかれながらも、そこは球界きっての名手、猛ダッシュで打球を処理すると、「有田(の足)だったら、アウトにできる」と素早く一塁に送球した。

 有田も全力で一塁に走ったが、「途中で足が進まなくなって」最後は一塁ベースに倒れ込むようにヘッドスライディングした。

 際どいタイミングながら、松橋慶季一塁塁審の判定は「セーフ!」。ファースト・ポンセが血相を変えて抗議している隙をついて、一塁走者・岡崎もホームイン。結果的に2ランスクイズとなり、巨人は3対1で大きな1勝を手にした。

「もう必死だったよ」というベテランの体を張ったプレーに、王監督も「あの気迫はウチの選手になかったもの。今日はオレが勉強させてもらった」と賛辞を惜しまなかった。

 だが、同年は最後の最後で広島に逆転Vを許し、多くのファンを感動させた一世一代の殊勲打も栄冠にはつながらなかった。

サード・掛布の動きを読んで決めた技ありセーフティバント

 バントを仕掛けてくるのが相手にモロバレだったにもかかわらず、9回2死からサヨナラセーフティバントを成功させたのが、大洋・高木豊だ。

 2対2の9回裏、大洋はトレーシーの二塁打を足場に、四球と辻恭彦の安打で無死満塁のサヨナラ機を作る。
 
 だが、阪神の守護神・山本和行も、犠飛すら許されない場面で、後続2者をいずれも飛球に打ち取り、意地を見せる。

 そして、2死満塁でスイッチヒッターの高木豊が、左腕相手なのに、あえて左打席に入った。明らかなバント狙い。当然のように阪神・安藤統男監督は内野陣に「マークしろ」と指示した。

 ところが、そんな厳戒態勢にもかかわらず、高木はマウンドと三塁の中間地点にプッシュバントを決める。山本はマウンドを駆け下りたが、止められない。サード・掛布雅之も横っ飛び捕球を試みたが、追いつけない。ショート・真弓明信も懸命にダッシュしたが、すでに三塁走者・石橋貢(トレーシーの代走)が本塁を駆け抜ける寸前で、手遅れだった。

 悪夢のようなサヨナラ負けを喫した試合後、掛布は「バントがあると思い、前へ出た。それで相手は迷い、警戒してショートのほうへ強めのバントをしたんでしょう」と分析したが、真相は違っていた。

 実は、高木豊は、掛布がバントシフトのときに三塁線にスタートを切ることを知っていた。

「一度ライン寄りにスタートし、それから打球をさばけば、一塁に送球しやすいわけですよ。彼(掛布)の前に転がしたらやばいと思い、最初からショートを狙う感じで、強めのバントを計画した」

 バントシフトを見て作戦を変えたのではなく、事前に相手の動きを予測したうえで、最も成功率の高い場所に転がして、一本取った形だ。

 まんまと裏をかかれた安藤監督も「とにかく相手がうま過ぎた。ウチとしてはまったく防ぎようがなかった」と脱帽していた。

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