かつて出会ったあの人たちは今何をしているのか… ノスタルジーに浸る人びとに横尾忠則がすすめる“ゲーム”とは? 「誰かと会ったと仮定して、そこに物語を想像してみる」

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 この歳になると、かつて出合った人、一緒に仕事をした人、ある時間を共有した人達のことがよく思い出されます。その人達は今、何をしているのか、どうしているのか、どのような環境でどのような仕事をしているのだろうか、ということが気になるのです。

 多分、自分が歳を取った証拠であり、残こされた時間がそんなに沢山あるわけでないので、ついノスタルジーな気分になるのかも知れません。

 ノスタルジーというのは一種の執着ですから決して前向きの概念ではないのです。過去は過去でもう通り過ぎ、終った時間です。このような過ぎ去った時間を回想することは生き方としては感心しないように思います。すべて過去は執着の対象になるからです。

 人生で思い残こすことはなるべく清算した方がいいはずです。でもたまにこういう心情に浸るのもいいんじゃないかと、自分を甘やかしたくなります。これは一体どういうことでしょうか。

 といって、ノスタルジーの対象の消息がわかったから、何かが解決したわけでもないはずです。そして万が一、昔の知人に出合ったとしても、意外と気まずい思いをして、すぐに別れたくなるかも知れません。

 また消息をたどった結果、すでに亡くなっていることがないとも限りません。そんな時は、何んともはかない気分にさせられるかも知れません。

 昔の懐かしさのあまり、ハグして大喜びしたり感動するというようなこともなさそうです。一度試しに誰か昔の知人に会ってみたらどうでしょうか。空白の長い時間を取り戻せればいいけれど、もしかしたら相手はこちらに対して気まずい感情を持っていて、会わなきゃよかった、と思うこともあるかも知れません。

 では、会ってみたい人の消息を知る前に、誰か手近かで会えそうな人に会ってみるのはどうでしょうか。会う前に、その人と会ったと仮定してシミュレーションしてみるのもいいかも知れません。また、なかなか会えそうではないけれど会ってみたい、と思う人を片端からシミュレーションするのも結構面白いゲームかも知れません。これは一度やってみる価値がありそうです。

 誰か任意の人を選んで、相手と自分とのかつての関係を想定して、そこに物語を想像してみるというのはどうでしょうか。小説家か映画監督になった気分でひとり、ひとり、片端から会いたい人との物語を描いてみるのです。その気になって小説を書いてみるのも時間つぶしになりそうです。これはかなりクリエイティブなことですから、健康になって長寿も約束してくれそうですよ。

 かつては蜜月期間を送って、何もかもが楽しかった二人も、お互いの環境の変化によって、その関係が途絶えてしまいました。そして、あまりにも時間が経ち過ぎると、生活環境や物の考え方や性格の変化も伴ない、恐らくかつての二人の関係は修復されません。意外と会ってみると実に寒々しく希薄なもので、むしろ会わなければよかったと思い、その瞬間本当の決別が起こるような気もします。

 だけど、これが相手が同級生の場合になると、そういうことはないと思います。同級生というのは何年経って会っても、当時の感覚に戻って、昔話に花が咲きます。

 それ以外の、仕事を媒介にしてかつて同じ時間を共有した者であっても、それは仕事を通しての関係で、その仕事の終了と同時にお互いの人間関係も終るようになっている気がします。

 でも仕事で結ばれただけの関係でも、相手がすでに亡くなっている場合は、また異なった感情を抱くのではないでしょうか。

 かつて共有した時間が終り、その後の時間の中で彼、彼女はどのような人生を送ったのかを想像することで、また不思議な観念にとらわれます。そして、その人は自分と異なる次元の存在者になっています。従がって、その瞬間、その人へのノスタルジーは不思議と消滅してしまいます。まるで神話の人物になったような感覚を受けます。

 これはこれであっさりしたものです。未練も執着もノスタルジーもありません。ハイ、サイナラという感じです。本当は生きている人間同士もこのような関係が一番理想かも知れません。

 ベタベタした人間関係はいやですね。僕はいつも心の中で、「ハイ、サイナラ」的に人と交流するようにしています。貸し借りなしの人間関係です。人間関係だけでなく、この世の全ての事物との関係は「ハイ、サイナラ」が一番理想です。

 作品も描き上がったら「ハイ、サイナラ」です。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2025年5月15日号掲載

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