トルコ現地取材はなし 入管法の欠陥、地域住民の不安も取り上げず…NHK「川口クルド人特集」が犯した重大な過ちとは
被害者か加害者か
一般的に言って難民を巡る言説には「犠牲者観」と「侵入者観」があり、両者は対立している。迫害を逃れて来た(と主張する)難民に対して、人々は「犠牲者」として同情し、受け入れる。しかし特定の受け入れ先の住民にとっては、見知らぬ多数の難民(申請者)が流入し、その一部が法や地域社会のルールを無視する行動に出た場合、彼らは今までの平穏な生活を乱す「侵入者」としてみなされることもある。これは世界のあらゆる国や地域で生じている問題であり、日本ではまさに川口がその現場に当たる。そうした難民を巡る言説を知ってか知らずか、今回の番組は、一貫してクルド人を「犠牲者・被害者」として描き、「侵入者・加害者」的な見方は隅に追いやられた。他方で、この問題を指摘するSNS投稿者は、川口市以外からヘイト発言を繰り返す「侵入者・加害者」扱いされた。このような描き方に対して、「被害者」としての地域住民や、「加害者」として扱われたSNSの投稿者は強く反発した。彼らにとっては、(一部の)クルド人こそが「侵入者」であり「加害者」なのだ。結果的に番組は双方のさらなる分断を生んだ。
番組は「不都合な真実」である難民制度の濫用・誤用など制度的な問題は無視し、「差別やヘイトへの警鐘」という倫理的スタンスを取ることで、実は対立する一方を支援する政治性のある番組と見られてしまった。
地雷を踏んだNHK Eテレ
今回の番組は、クルド人問題について、その歴史的、政治的な文脈を無視し、近視眼的な見方で紹介することで論点をそらし、「加害者は日本社会であり、被害者はクルド人である」という印象を残した。こうした構成は地域社会だけでなく、一部のクルド人に対して法律や社会規範の順守を強く求める日本社会から強い反発を買った。
同番組は結果的に、(1)クルド人に対する批判をさらに強め、(2)既にあったクルド人を巡る意見の対立と分断に拍車をかけ、(3)中立・公平であるべきNHKに対する信頼度を大きく落とした。川口クルド人問題の広がりを懸念する政府は、国会答弁などで総理大臣や法務大臣が「不法滞在者は我が国での在留を許さない」と言明しており、今回の番組放映を受けて仮放免クルド人送還を加速することになるだろう。そうであれば、番組の意図に関わらず、クルド人はNHK番組の「犠牲者」になったという面も否定できない。今回、NHKは不注意にも地雷を踏んだが、修正内容によっては第2の地雷を踏むこともあり得る。番組制作者と上層部の責任は重い。
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NHKに上記の滝澤教授の指摘について見解を求めたところ、以下の回答が寄せられた。
「今回の番組は、クルド人という言葉を含むSNS投稿について、タイムラインに沿って解析し、投稿が増加した時期の中心的な投稿内容の真偽を検証し、その背景に迫ることを目的に制作したものです。番組に対し、様々なご意見があることは承知していますが、引き続き、意見が分かれている問題などでは、できるだけ多角的な観点からお伝えしていきます」
【前編】では、この番組が、いわゆる川口クルド人問題が意見の対立する問題であるにもかかわらず、クルド人当事者や支援者の発言を過剰に伝え、そして番組構成のテクニックによって、クルド人を一方的な「犠牲者」として描いたことについて指摘している。
【関連記事】「川口市に集まるクルド人は本当に難民なのか? 『僕自身がクルド人だが、トルコで迫害はない』」、「川口市のクルド人の来日目的は『就労と家族統合』 クルド人自身が『弟は難民じゃなくて移民』」では、滝澤氏が現地調査に基づいたクルド人の実情を詳細に語っている。
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