引用発言の「8割」をクルド人側論者が占め…NHK「川口クルド人特集」は何が問題だったのか 難民政策の専門家が感じた“政治的意図”とは

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編集上の問題点

 編集上の問題点としてまず気づくのは、番組に登場する関係者、つまりクルド人、彼らを支援する団体や個人、クルド人批判をする団体や個人と識者の発言の引用の長さの違いだ。番組を文字起こしして字数を数えると、約7000字の引用のうち、クルド人当事者が約40%、支援者、クルド人批判派、識者がそれぞれ約20%となっている。クルド人当事者と支援者が60%で批判派が20%だ。識者の発言はクルド人に同情的なので、それを加えるとクルド人寄りの話者が80%、批判的な話者は20%となる。意見が分かれるクルド人問題についてこれほどの差を付けるのは不公平としか言いようがなく、番組の狙いが「クルド人の声を大きく伝えること」にあったのではないかと疑わせる。さらに、川口市でのヘイト禁止条例の制定を訴える女性弁護士が2度にわたって登場していることは、番組がヘイト禁止条例の後押しをする政治的意図を持っていたとの推測を呼ぶ。

視聴者の感情を揺さぶる

 番組は「被害者(クルド人)」「デマを流す者(SNS投稿者)」「両者の橋渡しをする知識人や支援者」という三層構造を採用していた。これは典型的なドキュメンタリーのナラティブ手法であり、「被害者への共感」→「加害者への批判」→「社会への提言」という流れで視聴者に訴えかける。登場人物の比重配分やナレーションの語調、場面の切り取り方や配置など映像の選び方も工夫されており、泣く子ども、誤認された少女の映像、電話で暴言を寄せる批判者などの様子が視聴者の感情を揺さぶる。この構成により、視聴者は「クルド人は可哀そう」「ヘイトスピーチをする者はひどい」「ヘイトを止めるためには行政や一般市民が何かをしないといけない」という気持ちを持つよう誘導される。クルド人をトルコで迫害され、日本でも差別される「被害者」として描き、日本社会はヘイト行動を許す「加害者」とされ、それを専門家が「権威付け」する――そんな構図が浮かんでくる。

 要約すれば、この番組は、いわゆる川口クルド人問題が意見の対立する問題であるにもかかわらず、クルド人当事者や支援者の発言を過剰に伝え、そして番組構成のテクニックによって、クルド人を一方的な「被害者」として描いた。一方で、一部クルド人による違法行為やルール違反などに悩む地域の住民については言及が少なかった。

 放送法4条にはこうある。「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」。また、NHKの国内番組基準にもこうある。「意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにし、公平に取り扱う」。今回のクルド人番組はこれらの法や基準を逸脱した疑いのある番組と指摘せざるをえない。

 しかし、問題はこれだけではない。この番組には、さらなる大きな問題点がある。それについては【後編】で詳細に論じる。これらの指摘についてのNHKの回答も【後編】に掲載する。

【関連記事】「川口市に集まるクルド人は本当に難民なのか? 『僕自身がクルド人だが、トルコで迫害はない』」、「川口市のクルド人の来日目的は『就労と家族統合』 クルド人自身が『弟は難民じゃなくて移民』」では、滝澤氏が現地調査に基づいたクルド人の実情を詳細に語っている。

滝澤三郎(たきざわさぶろう)
東洋英和女学院大学名誉教授。1948年、長野県生まれ。東京都立大学大学院修了後、法務省に入省。カリフォルニア大学バークレー校で経営修士号を得た後、国連ジュネーブ本部やUNRWA(国連パレスチナ難民機関)などに勤務し、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では財務局長、駐日代表を務めた。東洋英和女学院大学の教授を経て、現在は名誉教授。

デイリー新潮編集部

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