なぜ人は「事実」よりも「いかにもありそうな話」を信じるのか…SNSに蔓延する「黒い世論操作」を描く戦慄の韓国映画「コメント部隊」
快感を帯びた使命感から「闇落ち」する人々
だがこの映画が恐ろしいのはそのメソッドではなく、そのメソッドの中にはまり込んだ人間が抜け出せなくなり、闇落ちする過程が描かれていることだ。
人間は元来、信じたいことしか信じない動物だが、SNSはそれを肥大化させる装置のようなものだ。何かを「真実」だと信じる人間は、1万のコメントの中から自分に同意するたったひとつのコメントを探し出し、それのみをよすがに自分の「真実」を補強する。
それ以外の9999人が「ウソ」としていることには、まったくもって頓着しない。歪んだ認知は、むしろその数の多さこそを「何者かが真実を覆い隠そうとしている証拠」として、自身の「真実」の「真実性」の材料にする。いやいや、嘘に真実を混ぜたということは、真実に嘘が混じっているともいえるわけで、完全な嘘でないなら、つまり真実と言えるのではないか。
そして「真実」こそが、腐った世界を変える。その快感を帯びた使命感を、人々はSNSによって実現させる。映画はそうした「闇落ちした人々」の姿を、どこか「職業記者」とも重ねているように思える。
現実の事件にインスパイアされた原作
この映画が興味深いのは、原作が2012年におきた「国家情報院の世論操作事件」にインスパイアされて書かれたという点だ。
その年に行われた大統領選挙で、パク・クネは対立候補であるムン・ジェインとのデッドヒートとも言える接戦を、わずか3.5ポイント差で制している。その際、ムン・ジェインに対する中傷など、国家情報院内部で雇われた「コメントアルバイト部隊」による世論誘導が行われたことが、2013年に内部告発されたのだ。
このときに、ソウル中央地検で元国情院長を捜査する特別チームを指揮したのが、誰あろう当時検事だったユン・ソンニョル。のちに大統領となり、さらには韓国の現職大統領として初めて拘束、逮捕、起訴された人物としても歴史に名を残すことになる人物だ。
この人がいわゆる「ネット右翼」の陰謀論にズブズブにハマっていることは、映画「コメント部隊」を見れば戦慄せずにはいられい。どんな人であれ「自分の知る真実こそ真実」「自分こそ正義」と固く信じる人間の足元には、陰謀論へとつながる深淵がぱっくりと口を開けている。自戒しつつ、改めて心したい。
「コメント部隊」シネマート新宿ほか全国公開中 配給:クロックワークス
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