「心中を図ろうとした父が包丁を持って馬乗りに…」 過酷な少年時代が芸の源「桂雀々さん」の上方落語

エンタメ

  • ブックマーク

 上方落語の実力者、桂雀々(本名・松本貢一)さんの高座は熱気にあふれていた。声を振り絞り、表情動作も豊かだ。汗だくになり、お客を爆笑の渦に巻き込む。

 落語評論家の広瀬和生さんは言う。

「上方落語は東京より笑いにこだわります。雀々さんはパワフルでも、どうだという押しの強さやとんがった部分がありません。芸に妙な癖がなくてスマートなのが魅力でした。理屈抜きで面白いから聴いてほしい、楽しんでほしい、という誠実な思いが伝わってきた」

過酷な少年時代

 陽気な芸風の一方、過酷な少年時代を送ったことは、2008年、48歳になって『必死のパッチ』を著すまでほとんど口にしていない。

 1960年、大阪市住吉区生まれ。父はギャンブルにのめり込み借金がかさむ。小学6年生となった72年、母が失踪。働き詰めの生活に疲れ果てて実家に戻り、情緒不安定によりそのままそこにとどまった。わが子には何の説明もしなかった。

 父の借金は約1000万円。取り立てにヤクザが土足で上がり込んでくる。中学生になったある夜、気配に目覚めると自分の上に父が包丁を持って馬乗りになっていた。心中を図ったのだ。父もほどなく姿を消した。

 異変を察した近所のパン屋さんや民生委員の助けを受け、引き続き市営住宅に住むことはできたが、アルバイトをして自活を始める。父の居場所を知ろうと借金取りが来襲、雀々さんを容赦なく脅した。

 開き直って両親蒸発の顛末(てんまつ)を話し始めた。聞き終えたヤクザは涙を浮かべ、千円札5枚を握らせてくれた。

 演芸評論家の相羽秋夫さんは言う。

「人の薄情さと温かさの双方を少年にして知り、必死で正直なら、どんな相手にも気持ちは通じる、というのが雀々さんの芸の芯にありました」

 素人参加番組に次々と応募。笑ってもらうことで自分の辛さ、孤独を忘れられるとの思いがあった。

次ページ:“爆笑落語”を受け継ぐ

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。