【市川猿之助事件から1年】“主役”不在の澤瀉屋のいま 歌舞伎界は前代未聞の異常事態に

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

Advertisement

 四代目市川猿之助による衝撃の事件から、1年が経とうとしている。昨年5月18日、両親と一家心中をはかり、自身は未遂、両親は死亡した。自殺ほう助の罪で逮捕され、起訴。11月に、懲役3年・執行猶予5年の判決が確定した。

 当然、歌舞伎界は混乱した。出演中だった明治座公演は、中村隼人や市川團子らの代役でなんとか乗りきった。だが、8月のシネマ歌舞伎「スーパー歌舞伎 ヤマトタケル」は、上映中止となった。さらに今年2月の「スーパー歌舞伎II『鬼滅の刃』」も公演中止となった。

 ベテランの演劇ジャーナリストが語る。

「三代目の時代から、夏の歌舞伎座は澤瀉屋一座の集客力で、“夏枯れ”を乗り切ってきました。おかげでほかの役者はその間、夏休みをとれた。しかしそれも、すくなくとも執行猶予があける5年先までは無理そうです。そのうえ、昨年10月に閉場した国立劇場の改築・再開場がまったく先行きの見えない状態です。一見、華やかそうに見える歌舞伎界ですが、実は、かなりの危機に直面しているような気がします」

 いま、歌舞伎界はどうなっているのだろうか。

「猿之助」の名前がないのと厳しい

「まずは澤瀉屋一門ですが、昨年9月に83歳で逝去した市川猿翁(三代目猿之助)の孫にあたる市川團子が、予想以上の頑張りを見せており、とりあえず関係者は胸を撫でおろしています」

 昨年5月の事件で明治座公演が一時中止となった際も、事件当日に代役を打診された團子は、その場で引き受け、2日後には舞台に立って見事に公演をまっとうさせた。

 そのときの模様を、父・市川中車(香川照之)はこう語っていた――「0.1秒で『やります』と言った姿を僕は横で見ていた。彼が代役で(不死鳥の役を)演じきった時、人生に一度か二度あるかないかのすごい奇跡が起きたと思いました」(読売新聞3月3日付より)

「しかし、やはり〈猿之助〉の名がないのでは、なかなか厳しい。それでも昨夏は、7月の『菊宴月白浪』、8月の『新・水滸伝』などを、四代目不在でこなしてきました。なかでも中車は7月公演で、父である三代目がやっていた主役・暁星五郎を演じ、周囲を驚かせました。脇役ならまだしも、まさか主役を張るとは思わなかった。そこまでして澤瀉屋を守ろうとしているのだと、好意的に見る向きもあります。しかし、古いファンには三代目が演じた姿がまだ目に焼き付いていますから、正直、かなり無理を感じました。また、8月公演の團子も、若々しく颯爽とした役でしたが、まだ若さだけを武器に押し切っている感じが否めませんでした」

 そして2月は、中止になった「鬼滅の刃」の代替演目として、スーパー歌舞伎の第1作「ヤマトタケル」が上演された。

「これはヒット確実の名作舞台ですから、松竹も、ひさびさのロングラン公演を組みました。2~3月が新橋演舞場、5月が名古屋・御園座、6月が大阪松竹座、10月が博多座。このうち、2月と10月は隼人と團子の交互主演ですが、あとは團子の単独主演です。20歳そこそこで、これだけの大仕事をまかされる役者も、そうはいません」

 過去に「ヤマトタケル」は、短期の交互主演なら、ほかの役者もやってきた。だが、まさかこんなに早く主役が「完全交代」するとは、誰も予想していなかった。

 だが“謹慎中”の四代目には、この大人気演目の主役を譲るにあたり、それなりの決意があったようだ。

「公開舞台稽古の際、隼人は、四代目からLINEで『陰ながら応援しています』とのメッセージが来たことを明かしています。それ以上、詳細を述べませんでしたが、実際には、もっと具体的なやりとりがあったのではないでしょうか」

 これに対し、“直系”の團子には、四代目本人が直接に指導しているらしいとの噂が流れた。

「これは噂ではなく、ほんとうだったようです。父の中車本人が、インタビューで『1対1でやっているので稽古を見ていないし、様子を聞くこともないです』と明言しています」(前同、読売新聞より)

「それだけに、『ヤマトタケル』における隼人や團子の奮闘ぶりは感動的でしたが、これも古いファンからは、違和感の声もありました。というのも、2人とも細身で背丈があり、手足が長く身体つきも締まっている。当然ながら、初演の三代目とは、まったく体格がちがいます。特に宙乗りの白鳥の衣裳は、明らかに、小柄だった三代目をイメージしてデザインされています。四代目も小柄ですから、違和感はなかった。しかし、今回の2人は、まるでファッション・モデルのような体格です。瀕死の場面でも宙乗りでも、長い手足を持て余しているように見えてしまう。顔も小さいので、いまひとつ迫力がない。歌舞伎役者は、“顔”を見せる商売です。三代目など、あのデカ顔で岡崎の化け猫をやったときのド迫力は凄まじいものがありました。その点、いまの2人は、どうしても過去の澤瀉屋の舞台の空気とはちがう」

次ページ:あの人が澤瀉屋に残っていれば……

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。