【光る君へ】脱衣シーンで話題、「藤原公任」が1億5000万円の男と呼ばれているワケ

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昭和最強の古美術商

 古書業界はたいへんな騒ぎとなった。正式な注文は、個人や機関をあわせて20件。だが、この世界では先着順が慣例である。一番目は若い個人客だったそうだが、半年間待っても支払いの見通しが立たず、断念。

〈そして二番目に申し込まれた、小田原にお住まいのSさんに決まったのです。/翌年二月十二日、私は新幹線で本をお届けに行き、その場で現金でお支払い頂きました。夕食をご馳走になり、(略)お金の入ったボストンバッグを抱え、緊張の面持ちで新幹線に乗り込みました。〉

「もちろん、商取り引きの常識上、このSさんが、どういう方なのか、斎藤さんは明かしていません。しかしいまでは、誰でも知っています。なぜなら、この“公任本”は、現在、九州国立博物館が所蔵しており、図録やウェブ上で、寄贈者の氏名が公になっているのです」(古書マニア)

“公任本”を、1億5000万円のキャッシュで購入した「Sさん」とは——“昭和最強の古美術商”、坂本五郎氏(1923~2016)だった。

「坂本五郎さんといえば、1972年6月、ロンドンのクリスティーズ・オークションで、中国・元時代の『青花釉裏紅(せいかゆうりこう)』大壺を、1億8000万円で落札したことで、世界的ニュースになった古美術商です。東洋古磁器としては、世界最高金額でした」(古書マニア)

 これがきっかけで、中国古陶磁の評価が一挙に上がり、世界中で、高値で取り引きされるようになったのだ。

「坂本さんは、“公任本”を購入後、古筆学者の小松茂美さん(1925~2010)に研究調査を依頼し、『今世紀最大の発見。1億5000万円は安すぎる』との、“お墨付き”を得ます。そして、私蔵するよりファンに見てもらいたいと、精巧な豪華複製本を作成。旺文社から限定1000部、ワンセット18万円で売り出されました。この複製は、いまでも古書価2万~5万円で出回っています」(同)

 その後は、「断簡」として“解体”され、一部が1992年に東博の「和様の書」展に出品された。そして坂本氏没後の2018年、ほかの多くの名品と共に、九州国立博物館に寄贈され、いまに至っているというわけである。

 このとき寄贈を受けた九博の島谷弘幸館長(現・皇居三の丸尚蔵館館長)は、こう語っていた。

〈今回ご寄贈いただいた「公任本 古今和歌集」は思い出深い作品の一つですね。(略)このたび元の冊子のかたちにもどしてご寄贈いただきました。一度剥がしてしまったことを文化庁がどう考えるかですが、完本のまま保存していたら間違いなく重要文化財となるでしょう。〉(『目の眼』2018年9月号より)

 この話は、さすがに冒頭の“歴女”も知っていた。

「それまで、キントー様といえば、『和漢朗詠集』の撰者として有名でした。しかし、この一件以後、歴史ファンの間では、“1億5000万円の男”みたいに語るひとが増えたそうなんです。それほどの逸品が、国宝や重要文化財に指定されないのが残念でなりませんが……」

 今後、大河ドラマ『光る君へ』のなかで、町田啓太扮する藤原公任が、机上でなにかを書いているシーンがあったら……それは、1000年を生き抜いて1億5000万円の値が付く『古今和歌集』かもしれない。

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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