「子どもに外食させて親は自炊」 世帯年収1000万円はもはや「勝ち組」ではない…彼らの生活はなぜ厳しいのか

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「働き損」「子育て罰」

 このように、都市部では世帯年収が1000万円あっても、特に子ども2人が私立中高に進学するような場合、親はつましい努力を重ねることになる。最低限の生活には不自由しなくとも、従来の「1000万円」のイメージとはかけ離れた、実に質素な印象を抱くのではないだろうか。

 今年に入り、東京都は私立中の子どもに対する年間10万円の授業料補助や、高校(私公とも)および都立大学の無償化において所得制限を撤廃する方針を正式に決定した。これらの制度では、国の児童手当とほぼ同様に、従来は目安年収1000万円前後を境に補助の可否が決められていた。

 ひと昔前の設定がそのまま続いている所得制限は、ギリギリ対象外となる年収1000万円前後の世帯にとっては致命的ともいえ、「働き損」とも「子育て罰」とも捉え得る仕打ちだったのではないか。今回の子育て支援策は遅きに失した感すらあるが、今後の継続、そして更なる改善を期待したい。

 子どもの教育にお金がかかり過ぎたがために老後破産の危機に瀕する場合も少なくない。試算で示した通り、子どもの進路によっては、前述のようなつましい生活を送ってもなお破綻と隣り合わせの家計が続くことになる。また、銀行にお金を預けているだけで年に3%や5%といった利息がついた時代とは打って変わり、今は預金ではほとんどお金は増えない。それどころか、インフレ局面に入り現預金の価値は目減り状態だ。

 かつては鉄板の方法といわれた学資保険の利率も現在は非常に低く、お金を増やす目的として優れているとは言い難い。生活防衛のためには、預貯金や保険にとどまらず株式や投資信託等を含めた幅広い選択肢を持ち、自分で選び、運用できる金融リテラシーを身に付けることが不可欠になりつつあるのだ。

老後破産を免れられるか

 足りない老後費用を捻出する手段として、資産運用に積極的な子育て世帯も増えている。折りしも今年は新NISAが開始され、世間の投資意欲が高まっている。超低金利の時代に育った若年層では投資を生活防衛術と捉える向きもあり、NISAの口座開設数は急増している。

 新NISA制度では、年間で投資できる上限額が360万円(うちつみたて投資枠120万円)へと大幅に引き上げられた(従来はつみたてNISA年間40万円、一般NISA年間120万円で、どちらか一方のみ利用可)。非課税になる期間も今までは限定されていたが、今年から無期限となった。生涯で1800万円まで、ずっと非課税で投資できる。資産運用の裾野は確実に広がるだろう。

 逆に言えば、普通に暮らしていくためのお金を現金や預金だけで管理する時代は、もはや終わりつつあるといえるのかもしれない。数年前に「老後2000万円問題」が話題になったが、働いて稼いだお金から毎月少しずつ貯金するだけでは、子育てを終えてからの老後を十分に暮らしていける額には届かないばかりか、そもそも定年退職までにほとんど貯金ができていないケースが、すでに老後を迎えた世代でも少なくない。前出の試算例のように、子どもの進学ゆえに長らく家計赤字が続いた場合には、退職金収入があっても老後資金は不足する(図(3))。その上、期待通りに退職金がもらえなければ老後破産も免れない。

ハイリスクな投資は避けるべきだが…

 今まで資産運用をあまり経験してこなかった人が、中高年になってから投資や資産運用を始めるのはハードルが高いかもしれない。いきなりハイリスクな投資をして痛い目に遭うのは避けたいところだ。まして、十分な知識なく儲け話に乗って投資詐欺に遭うなどという事態は絶対にあってはならない。

 とはいえ、かりにいま60歳前後なら、平均寿命までは約20年もある。このまま全く何もせずに貯金を取り崩して生活するのと、貯金のうち一部を少しでも運用して増やすのとでは、10年後、20年後のゆとりが違ってくる可能性もある。

 話を冒頭の少子化対策に戻すと、財源確保のためには現役世代の所得向上のほか、公的医療保険の保険料上乗せや高齢者医療の窓口負担増など、子育てを卒業した世代の負担を重くする案も挙がっている。「少子化克服のラストチャンス」は、どの世代にとっても他人事とはいえない状況だ。

 これからの人生を豊かに暮らせるか、生活防衛のラストチャンスとして、今年はお金の管理や資産運用に向き合ってみてはいかがだろう。

加藤梨里(かとうりり)
ファイナンシャルプランナー。慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科修士課程修了。保険会社、信託銀行、ファイナンシャルプランナー会社を経て2014年に独立。マネーステップオフィス株式会社代表取締役。著書に『世帯年収1000万円』、監修に『ガッチリ貯まる貯金レシピ』等。

週刊新潮 2024年2月15日号掲載

特別読物「もはや『勝ち組』ではない 『世帯年収1000万円』でもなぜ日本は生活が苦しいのか」より

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