京都の景観を破壊した「京都タワー効果」とは? 古都を滅ぼす「景観保護策の裏目」

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 京都駅の中央口を出ると、正面に見えるのが高さ131メートルの京都タワー。その独特な形は和ろうそくをシンボライズしたものといわれてきたが、実は灯台がモチーフなんだとか。1964年の開業当時から「古都らしからぬ建造物」と物議を醸してきたが、60年近くたった今も健在である。

 京都といえば、景観保護策が成功した観光都市と評価されることも多いが、実際のところはどうなのか。京大名誉教授で、京都に半世紀以上かかわってきた有賀健氏は、新刊『京都―未完の産業都市のゆくえ―』(新潮選書)で、街並みを守るために導入された厳しい規制が、かえって好ましくない影響を生むケースがあることを経済学的に分析している。同書から一部を再編集して紹介しよう。

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 景観保護政策を巡る対立は、常に「開発か規制か」といった表現で、景観保護によってもたらされる公益と、開発による私的利益の間の相克として捉えられることが多い。しかし、京都の景観保護政策の変遷を見直すと、利害関係はもっと錯綜している。

 京都の観光の根源に景観があるとすれば、観光関連の産業は景観保護の立場に立つと考えてしまいそうになるが、京都タワー、京都ホテル、JR京都駅と、景観論争の焦点となったのはいずれも観光関連の施設である。実際、高層のオフィスビルの建築計画で景観論争が起こったことは、京都では一度もない。

京都タワー効果

 なぜ観光関連施設に限って景観を損なう恐れのある建築が現れるのか? それは次のような理由からである。京都タワーの展望台からは当然のことであるが(最も目障りな)京都タワー自体は見えない。周辺から見れば京都タワーは無視できないものでありながら、京都タワーはそこから眺める景観を売り物に出来る。

 つまり、優れた景観は、それ自体が景観を犠牲にしながら、同時に、優れた景観を売り物にする建築を促す強力な誘因となりうる。これを京都タワー効果と呼ぼう。この効果は観光関連施設に一番強く表れ、しかも優れた景観が見られる地域こそ、開発のインセンティブが最も強くなる。室内からの眺望に町家の並ぶ景観を配した高級マンションの広告も京都タワー効果の一例である。

景観保護政策の履歴効果

 京都のように景観保護に関する諸規制が大きな変遷を繰り返してきた都市では、過去の規制が現在の景観にもたらす影響も重要である。これらの規制は遡及力を持たないから、現在の規制基準から見て不適格な建築物も一般的には是正を要求されない。

 今や、京都の都心では60mはおろか、31m以上の高さの建築物も新築が不可能であるが(但し例外規定を適用すれば可能)、京都ホテルオークラに建て直しが要求されるわけではない。一方、京都市は現行基準に照らした不適格建築物に対して、建て直し時の救済条項を設けていないため、建て替え時には、これらの建築物は現行規制に適合したものであることが要求される。

かなり多い不適格建築

 京都市が2006年に行った調査によれば、このような不適格建築は市内に1769件あると推定されたが、近藤暁夫「新景観政策導入後の京都市における既存不適格建築物」『人文地理』(2013)による再調査では、2006年以降建設されたものも含み、マンションの塔屋等の不適格も含めると更に不適格物件は多いとされる。

 近藤論文では、田の字地区(北を御池、南を五条、東を河原町、西を堀川の通りで囲まれた地域)に限定して再調査を行い、計989件の不適格物件を確認したが、それは市が調査したこの地区の不適格物件443件の2倍以上である。近藤による調査結果は、989件の内訳も示しており、マンションが537件と過半を占めており、オフィスビル287件、店舗系ビル97件などとなっている。

高さ制限で増えるペンシルビル

 上限15m(田の字地区でも細街路沿いに適用)という厳しい高さ制限を課すことで保存される景観とはどんなものであろうか? 最も保存するインセンティブが大きいのは、過去の規制緩和期に建てられた現行基準では不適格の建築物である。

 それはペンシルビル、あるいは主要街路に面する土地と合筆して開発されたマンションやオフィスビルである。これら建築物は現行基準では許容されない高さあるいは容積率を持つため、その分超過利益を反映するものとなっており、これらの建築物を維持する強いインセンティブになる。

既得権益保護につながる規制強化

 他方、現行基準より十分低い建築物、つまり町家には依然として建て替えにより容積率を上げてプラスの利得を得る可能性がある。規制強化は、強化以前に建築された不適格物件を保存する強い誘因をもたらすが、規制強化に影響されない本来の保存対象にとっての保存誘因にはならない。

 かつて大店法を巡る紛争が全国各地で起こっていた時期、多くの実証研究が、大店法規制により最も大きな利益を得るものは、商店街の中にある小売店ではなく、規制以前に建設された大規模店であることを示した。

 規制強化は既得権益を保護することとなった。町家保存のための政策効果もこれに似ている。保存の効果が最も強いのは町家ではなく、その周辺に建つ高度成長期以降の既存不適格物件である。

景観保護政策の難しさ

 京都は景観保護行政において間違いなく最も先進的かつ包括的な制度を構築し、数次にわたる見直しと修正を繰り返してきた。

 市としての規模の大きさと対象となる地域の多様性を考慮すると、景観保護としばしば相克する政策目標との整合性、不断に変化する都市としての姿と折り合いをつけ、京都の景観を守り向上させる政策の堅持が容易でないことは誰でも理解できる。

 そのために必要となる微調整、個別案件の処理に京都市は腐心してきたが、それが保護行政の一貫性の欠如、あるいは恣意的な例外規定の利用、といった反発も招いた。

※有賀健『京都―未完の産業都市のゆくえ―』(新潮選書)から一部を再編集。

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