韓国でもっとも人気のある「聖君」の裏に隠された「不都合な実像」

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 韓国史上もっとも優れたリーダーと言えば、朝鮮王朝第4代国王の「世宗」の名を挙げる人が多いだろう。日本でも、テレビの韓流時代劇などでその「聖君」ぶりをご覧になった方もいるかもしれない。

 はたして世宗とはどのような人物だったのか。朝鮮史の研究者で、フェリス女学院大学教授の新城道彦さんの新著『朝鮮半島の歴史―政争と外患の六百年―』(新潮選書)から、一部を再編集してお届けする。

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 世宗は現在韓国人の間でもっとも人気のある国王といっても過言ではない。1万ウォン札に想像画が描かれるだけでなく、都市名にも採用されて2012年に「世宗特別自治市」が発足している。

 これほどまでに彼が人気を集める理由は、民族独自の文字を研究し、1443年に「訓民正音」と命名して制定したからであろう。訓民正音とは、民に正しい音を訓(おし)えると読む。当時、人間の発する音声は単なる音ではなく、万物の真理が込められていると考えられていた。それゆえ、世宗は朱子学の漢籍を正しく発音して学ぶために音韻の研究を奨励し、漢字が読めない庶民でも理解できる表音文字を作り出したのである。

 今日この文字は一般的にハングル(偉大な文字)と呼ばれている。しかし、そのような呼称が定着したのは20世紀以降に民族意識が高揚してからのことである。朝鮮時代は漢字以外の文字を持つことは蛮夷の仕業と考える華夷意識が強かったため、訓民正音はむしろ卑俗な文字として忌避されていた。つまり、訓民正音の使用に反対する声は大きく、一般にはあまり定着しなかったのである。しかし、それでも世宗は反対論を退けて率先して普及に努め、訓民正音を使用した書籍をいくつか残した。

 世宗が人気を集める理由は、自然科学分野の研究を大きく進展させた点にもある。この時代に農学書・医学書が多数刊行されたり、天球儀、雨量計、日時計、水時計などの科学器機が開発されたことは特筆すべきであろう。

 世宗が自然科学に力を注いだ理由は、農業に資するためだけではなかった。当時は異常な天候が国王の徳や失政に対する忠告を表しているという儒教的な自然観が存在したため、王権を維持するうえで天文・気象の解明は不可欠だったのである。

 なお、器機の開発には官奴から抜擢された蒋英実(チャンヨンシル)が大きく寄与した。なかでも自撃漏という水時計が有名であり、水位が上がる力を利用して自動的に鐘などを鳴らし、時刻を知らせる仕組みとなっていた。

 世宗はこのように科学を進展させた一方で、良人の男と婢の間に生まれた子は奴婢とする「従母為賤法」を制定している。彼は賤民である婢を性的に乱れた禽獣(けだもの)と見なし、その血を継ぐ子を良人、すなわち正常な人間として認めることはできなかったのだ。この法によって奴婢が増えていくことになるが、それは所有者となる両班(ヤンバン)の利益にかなうものであった。

 世宗はこれ以外にも、妓生(キーセン)が生んだ子は、女は妓生とし、男は官奴にすべきという刑曹の建議を受け入れたり、国境地帯を守る軍人を慰安する目的で妓生を置くように指示してもいる。妓生とは歌舞や性的奉仕を担った官婢のことである(『세종은 과연 성군인가』)。

 現代の韓国では訓民正音の制定がナショナリズムと結びつき、あたかも万民を慮った聖君であるかのように世宗を祭り上げる傾向があるが、そうして形づくられたイメージは実像とかなりかけ離れているといえよう。

※新城道彦『朝鮮半島の歴史―政争と外患の六百年―』(新潮選書)から一部を再編集。

新城道彦(しんじょう・みちひこ) 1978年、愛知県生まれ。九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程単位取得退学。博士(比較社会文化)。長崎県立大学非常勤講師、九州大学韓国研究センター助教、新潟大学大学院現代社会文化研究科助教などを経て、現在、フェリス女学院大学国際交流学部教授。専攻は東アジア近代史。単著に『天皇の韓国併合―王公族の創設と帝国の葛藤―』、『朝鮮王公族―帝国日本の準皇族―』(山本七平賞推薦賞)、共著に『知りたくなる韓国』など

デイリー新潮編集部

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