「プーチンを揶揄」「ロシア軍をナチスドイツになぞらえ…」 ロシアのジョーク「アネクドート」から読み解く本当の民意

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 ウクライナ戦争が始まって約460日。対独戦勝記念日に勇ましい演説をぶったプーチンだが、国内では終わりなき戦いに不満が鬱積(うっせき)している。高止まりする支持率の陰でロシアン・ジョークに表れる「本当の民意」とは。拓殖大学の名越健郎・特任教授がレポートする。

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 プーチン大統領が軍需工場を視察した。工場長が説明した。

「前線の兵士に必要な物資を届けるため、毎日休みなしにフル稼働しています」

「それで何を作っているのか」

「棺桶です」

 ゼレンスキー大統領はウクライナ侵攻前、コメディアンだった。プーチン大統領はウクライナ侵攻後、ピエロになった。

 ウクライナ戦争が始まって1年と3カ月。国際社会からの非難にもかかわらず、ロシアでのプーチンの支持率は高いままだ。国民はプーチン支持、戦争支持一色かに見える。しかし、そこに表れる数字は庶民の本心を反映しているのだろうか。

 ロシアにはアネクドートと呼ばれる、政治小話の伝統がある。権力を嘲笑し、生活の不満を皮肉るアネクドートは、旧ソ連時代に異常な発展を遂げた。厳しい社会主義統制下、庶民はアネクドートで憂さを晴らし、欲求不満を解消したものだ。ソ連時代のすぐれた作品を紹介すると――。

 ソ連の軍需工場で、3人の労働者が秘密警察に逮捕された。

 一人は時間より30分早く出勤したために、スパイの疑いで。

 一人は時間より30分遅く出勤したために、サボタージュの疑いで。

 一人は時間通りに出勤したために、外国製腕時計を不正に入手した疑いで。

台所はアネクドートのオンパレード

 アネクドートの語源はギリシャ語の「アネクドトス」(地下出版)から来ている。ソ連時代の反体制作家、アンドレイ・シニャフスキーは「ロシアが世界に誇る民間口承文学」と呼んだ。

 口コミ社会のロシアでは「台所会話」という表現があり、家族や親しい友人と狭い台所で本音のトークをする。筆者も通信社記者としてモスクワに駐在していた時、何度もロシア人の家庭に招かれ、台所会話に参加したが、興が乗ると、大抵アネクドートのオンパレードとなった。

 長期化するウクライナ戦争で、活況を呈しているのが、そのアネクドートの世界だ。ロシアの台所では今も、国営テレビの勇ましい戦況報道とは裏腹に、かんかんがくがくの議論が展開され、アネクドートも飛び交っているはずである。

 インターネット全盛の現代では、それは口承だけでなく、ネット上やSNSでも拡散される。

 そこには、80%以上がプーチン大統領を支持する世論調査とは一風異なる世界が広がっている。

 プーチン大統領が突然発作に襲われ、10年間意識を失った。病院で目が覚めた大統領は一人でモスクワのバーに出掛け、バーテンダーに尋ねた。

「クリミアは今もわれわれのものなのか」

「その通りです」

「ドンバスもそうか」

「もちろんです。キエフもです」

「それは良かった。……ところで、勘定はいくらだ?」

「100フリブナ(ウクライナ通貨)です」

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