トラブル続出の「大間まぐろ」が、それでも“ひとり勝ち”する理由 寿司店主も「“大間”と言えば客が喜ぶから…」

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 戸井、三厩(みんまや)、奥戸(おこっぺ)、蛇浦(へびうら)、大畑――。あまり聞きなれない地名だが、これらは全て極上の食材と深い関係がある。決して全国区とは言えないものの、実は、青森県の大間に肩を並べるほど高級な本マグロの産地なのだ。【川本大吾/時事通信水産部長】

 東京・豊洲市場(江東区)の初競りで、1本数億円という超高値を付けるなど、今や「日本一のマグロ」との呼び声も高い大間産だが、このところ、現地は混乱気味だ。3月10日に大間の水産業者2人が漁業法違反罪で起訴されたほか、大間などの漁業者22人も略式起訴された。一方、昨年秋に大間漁協は、ブランド条件を大胆に緩和。大間沖でなく太平洋で獲ったマグロも「大間まぐろ」として認定できるようにした。

 日本一を独走するマグロ産地を巡って、何やらネガティブな話が飛び交っているが、そんな話も“どこ吹く風”で、何があっても「大間が一番」。しばらく現地の本マグロ漁はお休みだが、恐らく確固たる地位は揺るがない。その理由は、マグロのプロの目利きさえ惑わすほどの知名度にある。

負け試合だってある

「大間が常に一番じゃないよ。最近は同じ青森の奥戸や、北海道の戸井なんかの方が、丸みがあって良いマグロが入ることがある」

 初競りを控えた昨年12月中旬、年末商戦まっただ中の豊洲市場(江東区)。生マグロ卸売り場で競りを終えたベテラン仲卸はこう話した。

 豊洲では初競りでなくても、生マグロ扱う早朝の卸売場には日々、多くの本マグロが並ぶ。そこではプロ中のプロである仲卸が一斉に下付け(品定め)を行う。マグロ全体の太り具合、内臓が取り除かれた腹の中や尻尾など、さまざまな視点からマグロの価値を評価していく。

 日本一の消費地・東京にある豊洲は、銀座の高級寿司店など、他の魚市場にはない数多くの需要を抱えているため、当然、大間だけでなく他の漁港から高級マグロが運ばれてくる。上場されるマグロの質や本数は日によって変わるため、競り値もいわばその日限りの評価であるが、前述の通り、大間以上に高値が付くマグロは存在する。

 昨年末の競り値をみると、卸会社ごとの落札額では、大間産1本98万7000円に対し、奥戸産が154万7000円、別の日には大間産が99万4000円だったのに対し、戸井産が168万円と、ともに他産地のマグロが大幅に高くなっている。もちろん、大間産が断然高いというケースは多いが、いつでも大きく水をあけられているわけではないのだ。

質だけでなく量でも強い

「大間産がいつでもダントツ」という一般のイメージが、現実と必ずしも一致しない理由について、長年、マグロ漁師を務めてきた築地場外市場の鮮魚店社長は、「津軽海峡という同じ好漁場で漁をしているんだから当然」と説明する。津軽海峡でマグロを獲るのは、大間だけではないから、他の産地のマグロが高値を出すことがあっても何の不思議もない。

 ただ、2000年以降、築地時代からの初競り結果を見ると、ほぼ大間産が占める。2011年の戸井産(342キロで3249万円)を除き、すべて大間のマグロが一番だ。では、なぜ初競りの一番マグロが、大間産ばかりなのか。

 年末のように例外はあるにせよ、初競りに備えて「上マグロを獲る大間の漁師の腕」というのは否定できないが、「質」だけでなく「量」の上でも大間が群を抜いている点は見逃せない。

 漁獲枠では、青森県の大型魚(30キロ以上)の総枠571トン中、大間漁協分は264トンと半分近くを占める。さらに今年の豊洲の初競りでは、上モノの条件と言える100キロ以上の本マグロは合計135本上場されたが、このうち大間産は56本で4割強。三陸産を除けば、6割を大きく超える。

上マグロの3冠王は揺るがず

 質と量、両方を兼ね備えた大間のマグロ。だが、それ以外にも他産地を圧倒する要素がある。それは、豊洲のプロの目利きが狂ってしまうほどの圧倒的なネームバリューだ。豊洲のマグロの競り人は、こう打ち明ける。「仲卸の中には、大間産が好きで他産地のマグロにほとんど興味を示さない社長もいる」と。

 前述の通り、日によって大間産よりも質が良く見える他産地のマグロがあるのは確かだ。しかし、市場での入念な品定めの後、大間産を超える高値で上モノを落札しても、寿司店や飲食店に卸され、職人の手によって提供する相手は大半が素人客である。

 最高級の本マグロを提供し、「これは大間のマグロです」と言えば、客の反応も違ってくるという。東京・渋谷区で人気寿司店を営む店主はこう打ち明ける。「お客さんが他の産地を知らないこともあるが、やっぱり『大間』と言えば喜ぶし、酒も進むんだよね」と。

 別の寿司職人は、「うちでもいいマグロを提供するため、大間以外の産地のマグロを選ぶことはある。お客さんにはそのまま聞きなれない産地を伝えているが、忙しい時なんかはつい、大間って口を滑らせちゃうことだって、ないとは言えないよ」とこぼす。

 日によっては、大間をしのぐマグロは存在し、それは決して本マグロの偽物ではない。正真正銘「上モノ」なのだが、築地時代から豊洲に至るまで、初競りに多くの上マグロを送り込み、毎年のように一番に輝き、史上最高3億円超えを果たすといった「国産・天然・本マグロ」の3冠王に輝き続ける「大間まぐろ」のトップの座は、しばらく揺るぎそうにない。

川本大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長。1967年、東京生まれ。専修大学を卒業後、91年に時事通信社に入社。長年にわたって、水産部で旧築地市場、豊洲市場の取引を取材し続けている。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)。

デイリー新潮編集部

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