【棋王戦第3局】藤井五冠が「痛恨の一手」で渡辺二冠に敗れる “ポカ”が生んだ“名”勝負

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 3月5日、史上最年少六冠を目指す藤井聡太五冠(20)が10連覇中の渡辺明二冠(38)に挑む棋王戦五番勝負(共同通信社主催)の第3局が、新潟県新潟市の新潟グランドホテルで開かれた。終盤、「1分将棋」になってからの一転、二転の大激戦の末、渡辺が174手で勝利。対戦成績を1勝2敗とした。藤井の「先手番連続勝利」は28で止まった。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

連敗を止める

 対局後、藤井は「最後に一瞬、チャンスが来た場面もあったが、全体的に苦しい将棋だったので仕方ない。しっかり内容を振り返って次に繋げたい。切り替えて良い状態で臨めるようにと思います」などと話した。

 一方の渡辺は「ちょっと良くなったところはあったが、その後、寄せ合いで差を詰められた。だいぶ追い込まれて、ちょっと負けになっていても(やるしかない)と思ってやっていました。一つ返すことができたので、次からも目の前の一局(に集中する)気持ちでやっていきたい」と振り返った。

 渡辺はこれまで藤井とのタイトル戦の対戦成績が1勝12敗で10連敗中だったが、面目躍如を果たす。これで両者の公式戦対戦成績は、渡辺の3勝15敗。第4局は3月19日に栃木県日光市で行われる。

密集型の難解な将棋

 藤井が先手番で「角換わり腰掛け銀」の早い展開となり、双方が桂馬を6筋 を打った。インターネット配信のABEMAでは解説の森内俊之九段(52)が「渡辺さんがうまく前例のない形に藤井さんを誘導している感じですね」と話していた。

 藤井が31分をかけた67手目「8四歩」で戦端が開かれる。これに渡辺が83分の大長考の末に「同金」と取らずに三手後に「8六歩」と打ち返した。さらに藤井が長考し、進展がぱたりと止まった。

「腰掛け銀」の特徴かもしれないが、駒が盤面の中央付近に集中し、双方の玉も上がってきて「満員電車」のようになり、筆者などには先を読む気持ちすら湧かない難解な将棋となった。

 激しい攻防になり、戸辺誠七段(36)と交代で解説していた森内九段は、解説の場に戻ってくると「何か大変なことが起きたようですね。何が起きたんですか?」などと女流棋士に問いかける場面も見られた。

 渡辺がうまく指し回して次第にリードを広げる。終盤、戸辺七段も「渡辺さんが正確に指していけば勝ちだと思います」と言い、AIの評価値も99%で渡辺の勝ちと思われた。

 ところが、渡辺が「8四飛」の王手をかけずに 守った瞬間、評価値が藤井の99%と逆転。既に双方が「1分将棋」となり、終盤の早指しに強い藤井の勝ちは間違いないと思われた。

 しかし、藤井が詰みを逃す「まさかの失着」で、またしても評価値が渡辺の99%と再逆転。すぐに気づいた藤井が「ああー」と溜息を漏らす 。「しまった」という様子がありありの藤井は落ち着きがなくなり、首筋に手をやったり、俯いたり、天井を見上げたりを繰り返す。

 逃げてきた渡辺の玉が藤井陣に入り込むが、藤井の持ち駒は桂馬と香車だけ。金や銀がなくは詰みきれない。渡辺の持ち駒は豊富だ。万事休した藤井は「負けました」と頭を下げた。

 AIの評価値1%からの逆転は見たことがあるが、「1分将棋」になってから逆転を繰り返すのは珍しい。仰天の一番だった。対局を終え大盤解説場に挨拶に行く時も藤井は可哀そうなくらいにうなだれたままだった。

 感想戦で渡辺は、自玉が詰んでいたことを藤井に指摘され、「え、詰んでいたんですか」と驚いた。藤井はそのチャンスを逃していた。だが、自玉が詰むことをわかっていれば、渡辺は違う手を指し、逆にそれが藤井勝利になったかもしれない。いわば「ポカ同士」が生んだ名勝負。これが人間の勝負のアヤである。

 面目を保った渡辺は、現役の「名人」でもある。その名人位すら脅かそうとする若武者に、棋王のタイトルを1勝もできずに譲り渡すわけにはいかない。筆者は3月2日の順位戦A級リーグ最終日、陽気に大盤解説をする渡辺の姿を目の当たりにした。今から考えれば、3日後の大一番に備えて明るく振る舞って己を鼓舞していたようにも思える。

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