30年の潜伏後、逮捕されたシチリアの大ボスをイタリア政府が血眼で探した大きな理由

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 1月16日、30年間逃亡し続けていたマフィアの大ボスが逮捕された。偽の身分証明書を使って治療に赴いたパレルモ市内のマッダレーナ私立病院でのことだ。羊革のジャケットに高級時計をしていたボスは、入り口で待ち構えた治安警察の特捜班の男たちに取り囲まれ、観念していたのか、その名を聞かれると、物憂げに「マテオ・メッシーナ・デナーロだ」と答えたという。

 世界的なニュースとなったこの逮捕劇の背景について、『シチリアの奇跡―マフィアからエシカルへ―』(新潮新書)の著者でノンフィクション作家の島村菜津さんが2回にわたって解説する。(前後編の前編/後編を読む

世界で最も危険な指名手配犯のひとり

 FBIの、世界で最も危険な指名手配犯10人のリストに、その名を連ねたマテオ・メッシーナ・デナーロ(60)とは、いったいどんな男なのだろうか?

 デナーロは、1962年4月26日、シチリア南西部の人口約3万人の町、カステルヴェトラーノで生まれた。父親は、同西部の港湾都市トラパニの銀行の頭取、塩田や農園の経営者で、カステルヴェトラーノの「ボス」だった。息子と同様に、逃亡中だった父が98年に他界すると、その座を引き継ぐ。

 デナーロは、映画「ゴッドファーザー」のモデルといわれたコルレオーネ村出身の大ボス、トト・リイーナや、その後に覇権をとったボス、ベルナルド・プロヴェンツァーノらより、二まわりも若いが、非常に頭の切れる男だった。そのため若いうちからボスたちの資産運用などの相談役を務め、リイーナは、後を継がせて将来のボスにしたいと考えていたといわれている。

 91年、愛人をめぐるもめ事からホテルのオーナーを殺害し追われる身となるが、政府が躍起になって捜査を続けた理由は、デナーロが、30年前、1992年以後の二つの暗殺事件と連続テロ事件に関与していたからだ。

 92年5月23日、マフィア裁判の最前線に在ったジョヴァンニ・ファルコーネ判事が、パレルモの国際空港から市内まで走行中に爆殺された。道路の側溝に仕掛けられた400キロの火薬によって道路ごと爆殺という前代未聞の事件は、世界を震撼させた。100メートルにわたって地面が露出し、現場はさながら戦場だった。

 ファルコーネは、助手席の再婚相手フランチェスカ・モルヴィッラ判事とともに搬送先の病院で息を引き取った。前方の護衛車は遠くへ吹き飛ばされ、3人の警官は即死だった。

 ファルコーネ判事は、相棒のパオロ・ボルセリーノ判事らとともに、パレルモ裁判所のマフィア対策班の一員として、マフィア大裁判を実現した立役者の一人だ。当時の司法制度では、予審判事と呼ばれた彼らが、捜査も進めながら、裁判に持ち込むための調書を仕上げた。捜査妨害をおそれたファルコーネとボルセリーノは、サルデーニャ島の離島、アジナーラ島の刑務所にこもって7千枚に及ぶ調書を書き上げた。凄惨なこの事件は、92年の最終公判で19人の大ボスに終身刑が確定したことへの報復だった。

 そして、この事件から57日後、ボルセリ-ノも殉職した。日曜の午後、母親を病院に連れていくために迎えに行ったアパートの入り口で、脇に止めてあった車が爆発、4人の若い護衛の警官たちとともに犠牲となった。

 92年のこの二つの暗殺事件は、イタリアの歴史を変えたとさえいわれた。シチリアでの国葬の場で、市民たちは、選挙票欲しさにマフィアを野放しにしてきた政府への怒りをあらわにした。やがて、本格的な反マフィア活動が芽吹いていく。

 翌年には、暗殺を命じたトト・リイ-ナが、20年以上の逃亡生活の後にパレルモ市内で逮捕された。シチリアでの投票率が高過ぎると言われながら、7度も首相を務めたアンドレオッティが失脚、戦後から続いた与党、キリスト教民主党だけでなく、五大政党もすべて、汚職スキャンダルによって終焉を迎えた。マフィアは、自分たちを利用してきた政府へと怒りの矛先を変え、都市での連続爆破テロに及ぶ。ローマでは被害はなかったものの、ミラノとフィレンツェで、子供を含む10人の民間人が犠牲となった。フィレンツェでは、ウフィッツイ美術館の貴重な所蔵や、映画「眺めのいい部屋」のロケ地となったホテルも被害を受けた。

口封じのため少年を誘拐監禁の上絞殺、遺体を酸で溶かす

 今回、逮捕されたデナーロは、93年の二つの暗殺事件と95年まで続いた三つのテロ事件において、すでに逮捕された男たちとともに、トト・リイーナの指示の下にこれを行った実行犯の一人として有罪判決を受けていたのだ。

 2006年には、43年も潜伏していたベルナルド・プロヴェンツァーノが、故郷コルレオーネで逮捕された。2016年に83歳で彼が死亡し、翌年にはついにトト・リイーナも87歳で他界した。さらに判事の爆殺でリモコンのスイッチを押した実行犯、65歳のジョヴァンニ・ブルスカは、警察への協力によって刑期が軽減され、25年の刑期を終え保護観察下にある。

 そんな中での大ボス、デナーロは、トト・リイーナを頂点とする組織が、国家を揺るがした一連の事件における最後の逮捕者だった。

 デナーロは、ボルセリーノ殺害直前、組織を抜けようとしたアルカモの若いボスとその妊婦だった愛人の殺害にも関与していたことがわかっている。

 そして、暗殺事件や裏切への制裁にも増して、彼らの悪名を轟かせたのは、ファルコーネ爆殺事件で供述を始めた部下を黙らせるために、その息子、ジュゼッペ・ディ・マッテオ少年を誘拐し、779日も監禁した後に絞殺、その遺体を酸で溶かした96年の事件だ。2017年の映画「シシリアン・ゴースト・ストーリー」のモデルにもなっている。

 また現大統領、中道左派のセルジョ・マッタレッラの兄、ピエルサンティ・マッタレッラは、シチリア州知事時代、入札制度や環境条例などの改定に乗り出し、マフィアに殺害されている。デナーロ逮捕は、現政府にとっても果たすべき最重要課題だったのである。

デイリー新潮編集部

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