「倶楽部」「経済」という熟語を作ったのは、日本人か中国人か? 日中で共通して使われる「翻訳漢語」の世界

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 日本語の中には、中国で使われていた漢字や熟語が数多くある。しかしそのすべてが中国由来の言葉というわけではなく、日本で生まれた「和製漢語」や、西洋からの語彙を日本人が漢語風に翻訳してできた「翻訳漢語」など、日本発祥のものもたくさんある。それらが中国に逆輸入されて「中国語」として定着する例も少なくない。

 お茶の水女子大学准教授の橋本陽介さんの新刊『中国語は不思議―「近くて遠い言語」の謎を解く―』には、そうした日本語と中国語の一筋縄ではいかない、複雑な歴史が解説されている。以下、同書から一部を抜粋・再編集して紹介しよう。

「倶楽部」「経済」――日本で作られた「翻訳漢語」たち

 日本語にはひらがな・カタカナという便利な表記システムがあるのだから、西洋語の固有名詞を翻訳する時くらいわざわざ漢字を当てなくてもいいような気がするが、明治時代くらいの感覚ではできるだけ漢字にするほうが普通だったようである。

「倶楽部」なども、日本人の生み出した表記法だという。画数が多くて面倒だが……。韓国語などを勉強していると、現代の日本語では外来語がカタカナで書いてあるありがたさを実感できる。ハングルでは一見すると外来語なのか本来の韓国語なのか判断がつかないのである。韓国人には自明かもしれないが、学習者にとっては自明ではない。

 さて、そのほかに日本で作られた翻訳語をもう少し紹介しよう。リストを眺めていると、「大脳、膣、腺、盲腸、解剖」など、解剖関係の言葉が並んでいるのに気がつく。これらは、明治時代ではなく江戸時代の蘭学者が作り出したものだという。中国医学では伝統的に人体をきずつける解剖を好まなかった。そのせいで漢語による用語がなかったのである。

 魯迅の『藤野先生』でも、魯迅が藤野先生に「中国人は霊魂を尊ぶと聞いていたので、君が死体の解剖を嫌がるのではないかと、心配していたのです」と言われるシーンがある。蘭学の翻訳といえば『解体新書』が有名だが、『解体新書』は厳密にいうと日本語(和文)に翻訳したものではない。『ターヘルアナトミア』を日本で漢文に翻訳したものである。

 日本人が作った翻訳漢語の代表選手、「経済」は、もともとあった中国語の「経世済民」という言葉に由来すると言われている。本来的には「世の中を経(おさ)め、民を済(すく)う」の意味である。これをeconomyの翻訳語に転用したのである。

 なお、「経世済民」の初出とされる『抱朴子』は仙人の実在をあつく説く本である。現代人からすると、古代の人は超常現象をみんな信じていたような気がするが、どうもそうでもないらしい。

 諸子百家の中でも『墨子』は鬼神の実在を説いているが、『荀子』は超常現象をペテンであると退けている。『抱朴子』の論調も、「仙人や不老不死をどうしても信じようとしないわからずやを説得する」という態であり、どうも大方の人は信じていなかったように思われる。

 なお、この本によると、「一万年生きたヒキガエルを五月五日の昼に捕らえて食べ」たり、「千年たった蝙蝠を食べ」たりすると、四万年寿命が増えるらしい。また山を歩いていると小人が馬車に乗っているのを見かけることがあって、これも食べると不老不死になれるという。どこかで聞いたことのある「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」の呪文もこの本に出てくるものだし、修行の仕方も書いてある。かなり面白いので、時間がありあまっている人はぜひ読んでほしい。

『中国語は不思議―「近くて遠い言語」の謎を解く―』より一部抜粋・再構成。

デイリー新潮編集部

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