江川卓、小林繁、新庄剛志…主力だったのに突然引退した“忘れがたき名選手”

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「今年で辞めるかもしれない」

 今季も福留孝介(中日)、糸井嘉男(阪神)、能見篤史(オリックス)ら、第一線で長く活躍した選手たちが現役を引退した。前出の選手たちは、いずれもボロボロになるまでプレーを続け、燃え尽きたイメージが強い一方で、過去には、まだチームの主力として十分やっていけるはずなのに、花も実もあるうちにユニホームを脱いだ選手が存在した。【久保田龍雄/ライター】

 その一人が、巨人のエース・江川卓である。1987年、桑田真澄の15勝に次ぐ13勝5敗の成績を残したにもかかわらず、シーズン後、肩の故障を理由に32歳で電撃引退したのは、ご存じのとおりだ。

 選手として最も脂がのっていた82年シーズン途中に右肩を痛めた江川は、あらゆる治療を試みたが、肩は年々悪化する一方だった。自著「たかが江川されど江川」(新潮社)によれば、江川は87年5月の広島遠征に出発する直前、夫人に「今年で辞めるかもしれない」と初めて引退を口にしたという。

 そして9月20日、江川は、首位・巨人が3連勝すればマジック11が点灯する広島との天王山3連戦第2戦に先発し、近年で“最高の投球”を見せる。8回まで法政大の後輩・小早川毅彦の右越えソロによる1失点に抑え、2対1とリードして9回裏を迎えた。

 2死一塁で、打者は小早川。7回の打席でカーブを打たれていた江川は「ストレート勝負するしかない」と心に決めた。

「あるべき姿の江川卓」

 相手打者が「ストレートが来る」とわかっていても、ストレートで三振に切って取ることこそ「あるべき姿の江川卓」と考える江川にとって、「それがダメだったら、(現役は)おしまい」という選手生命を賭けた大勝負でもあった。

 全球ストレートで押し、カウント2-2からの5球目、捕手・山倉和博がアウトローに構えたのに対し、江川はあえてインハイに渾身のストレートを投げ込んだ。

 運命の109球目、小早川のバットが一閃し、打球は逆転サヨナラ2ランとなって、右翼席へ。直後、江川はガックリとマウンドに膝をついたまま、しばらく動けなかった。帰りのバスに向かう途中、江川は初めて人前で涙を流した。
この広島戦が事実上の“引退試合”となり、「あるべき姿」の限界を悟った江川は2ヵ月後の11月12日、引退を発表した。

 わずか9年で終わった現役生活に、ファンは「技巧派にモデルチェンジすれば、まだ二桁勝てたのでは?」と早過ぎる引退を惜しんだ。しかし、江川自身は、前出の「たかが江川されど江川」のなかで、「僕はすでに技巧派に変身していた。コシヒカリなんて名前をつけたスライダーを投げなければならなくなったとき、もはや江川卓は終わりかけていた」と説明している。

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