インドネシア サッカー暴動「131人死亡」から1週間 警察は「犯人」探しを始めるも…圧死者多数の背景に“2つの不運”

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暴力的な警察の警備体制

 インドネシアのサッカー観戦では、会場に向かうファンが鉄道の駅などに大挙して運行に影響が出たり、一般乗客に迷惑をかけることは珍しくない。スタジアム周辺に乗り付けられた車両の上にファンがのぼり、贔屓のチームの応援旗を振り回して応援ソングを大音量で流すなどの光景は日常茶飯事である。そもそもの熱量が高いのだ。だから警察も、負けたチームのファンが暴れることを想定し、ピッチ周辺に警官を配置して完全武装姿で警戒に当たる。

 ただ、ファンの争乱を抑制する際には警棒や盾を使用することが一般的で、今回のような催涙弾の使用例は多くはない。このため、なぜ警察は今回催涙弾を使用する判断を行ったかの検証が、事件解明のひとつの鍵となるのは間違いないとみられている。

 今回は、逃げ遅れたり倒れこんだりしていたファンに、複数の警察官が警棒や素手で殴る、脚で蹴るなどの暴行を加える様子が地元ニュースの映像に記録されている。こうした過剰警備に憤ったファンがさらに過激な行動に出ようとしたところで、催涙弾は発射されたようだ。ピッチだけでなく、スタンドで状況を見守っていた人びとにも催涙弾が撃ち込まれたとの証言も多くある。

 撃ち込まれた催涙ガスはスタジアムに充満し、ピッチやスタンドでの失神や呼吸困難を招いたほか、目や喉の痛みを訴える人が続出した。そして多くの人がガスを逃れるために出口に向かった。ところが、出口の多くは施錠されており、逃げ場は限られていた。わずかに開いていた出口に集中したことで、多くの人が将棋倒しの下敷きとなり、もともとの呼吸困難もあって圧死で失命したのだ。

 催涙弾発射は適切な手段だったのかは、警察内部でも問題となっている。インドネシア国家警察は、地元マランの警察署長を解任し責任をとらせるとともに、当時スタジアムで警備に当たっていた警察の指揮官9人を停職処分とした。さらに催涙弾を発射したなどの行動規定違反で、28人の警察官に対する事情聴取も始めている。

 こうした警察の素早い処分・調査は、ファンや国民からの責任追及と批判をかわすためとの見方が有力だ。

利益優先の主催者…再発防止策は

 既に見てきた通り、スタジアムの出口が限られていた不運も悲劇を招いた原因となっている。

 試合会場となったマランのカンジュルハン・スタジアムの本来の収容数は3万8000人だが、ペルセバヤ対アレマFCという好カードのため、運営側はそれを大きく上回る4万2000人分のチケットを販売していたことがわかっている。これも不運だったといえる。試合時には、満員御礼を大きく超える、大観衆で埋め尽くされる状態だった。サッカー協会のユヌス事務局長は10月2日に「悲劇は過密状態が原因だった」との声明を出している。

 そして人気の試合だったがゆえに、不正入場対策として、試合開始後には大半の出入り口を施錠する措置をとっていたのだ。

 事件発生を受けて、ジョコ・ウィドド大統領はテレビを通じて国民に真相解明を約束し「このような悲劇はこれで最後にするべきだ」と再発防止を強く訴えた。

 犠牲となったファンの遺族に対しては1人につき5000万ルピア(約43万円)の弔慰・補償金を支払う用意があることも明らかになり、政府としても事件の重大性に鑑み、対応策をとる姿勢を表している。

 また地元チームであるアレマFC所属の選手たちは、手分けをして遺族の自宅を訪れ、弔意を示していると報道された。

 政府閣僚であるマフード政治法務治安担当調整相は、10月3日に「ファンの殺到を招いた人物の特定と処罰を求める」と捜査当局に命じ、警察には事件のきっかけとなった「犯人」の特定と逮捕を命じたのだった。

 サッカー協会は事件の原因を「過密状態」とし、閣僚はいるかどうかも定かではない「犯人」の責任であるかのような発言をしているわけだが、いずれも、過剰な対応をとった警察組織を守ろうとする言動という見方は少なくない。一部のマスコミからは「結局、大統領命令の真相解明もおざなりに終わり、警察は反省することもない」との悲観的観測がでている。

 2023年に予定されている「FIFA・U20ワールドカップ」のインドネシア開催を危ぶむ声もでている。もし、真相解明と責任追及がおざなりに終われば、FIFAや国際社会のインドネシアに向ける目はさらに厳しくなるだろう。

大塚智彦(フリーランスライター)

デイリー新潮編集部

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