今からでも遅くない夏ドラマ3選 ナゾだらけの日テレ「初恋の悪魔」はいよいよ本調子に

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 7月期ドラマの序盤の放送がほぼ終わった。視聴率の低いドラマが目立つものの、作品の優劣と視聴率がイコールでないのは論を俟たない。録画視聴やTVerで観られている場合もある。視聴率を気にせず、現時点でのお薦めのドラマを3本挙げたい。

日本テレビ「初恋の悪魔」(土曜午後10時)

 7月30日放送の第3話から俄然面白くなってきた。全体像が見えてきた。

 第1話、2話まではやや難解だったうえ、設定説明の必要からテンポが落ちる場面もあったが、本調子になった。ラスト5分は息を呑む展開だった。

 主人公は2人。1人は神奈川県警境川署の総務課職員・馬淵悠日(仲野太賀)。もう1人は刑事課刑事ながら、銭湯に拳銃を忘れた罰で懲戒停職中の鹿浜鈴之介(林遣都)である。ともに捜査権はない。

 2人には仲間がいる。会計課職員の小鳥琉夏(柄本佑)と生活安全課の摘木星砂(松岡茉優)である。やっぱり捜査権を持たない。

 ところが4人は鈴之介宅で勝手に「自宅捜査会議」を開くようになる。スーパーでの連続万引きを隠れ蓑とする横領など毎回違った難事件を推理している。

 みんな捜査権がないから、推理の材料は現場のスケールモデル(縮尺模型)と事件関係者の供述調書、さらに新聞記事などの資料だけ。それでも犯罪マニアの鈴之介が中心となり、事件の真実に辿り着く。

 鈴之介は推理タイムが始まる前、ほかの3人に向かって「マーヤーのヴェールを剥ぎ取るんだ」と呼び掛ける。マーヤーのヴェールとは古代インドの哲学用語で、真実を覆う幻想。つまりは思い込みや常識、願望などのことである。

 ドラマ内では説明されていないが、マーヤーのヴェールに覆われているのは事件の真実だけではないだろう。登場人物の実像も覆っている。そのヴェールも徐々に剥ぎ取られる。

 ドラマに横たわる縦軸の事件も存在する。優秀な刑事だった悠日の兄・朝陽(毎熊克哉)が、3年前にビルから転落し死亡した件だ。当時は事故死で処理されたものの、朝陽の友人で境川署署長の雪松鳴人(伊藤英明)は殺人事件だと見ている。

 朝陽は転落死の10日前に銃弾を1発失い、始末書を書いていたことが第3話で分かる。装弾数6発のリボルバー拳銃に5発しか銃弾がなかった。雪松署長は転落死と銃弾紛失は関係があると睨んでいる。朝陽は誰かを撃ったのか?

 やはり第3話で星砂には拳銃で撃たれた過去のあることが明らかになった。治療をしたのは元監察医の小洗杏月(田中裕子)。朝陽に撃たれたのか。だが、星砂は何も分からない。「分かんね」。本当だ。星砂の中にはもう1人の人格が潜んでおり、その別人格が撃たれたからである。

 星砂はおそらく解離性同一性障害だ。強いストレスやトラウマから自分を守ろうとするあまり、別人格が生じてしまう障害である。自己同一性が保てなくなる。星砂は自分の別人格を「ヘビ女」と呼ぶ。

 恋愛の要素もある。酷く内向的で思い込みが激しい鈴之介が、常に物怖じせずサバサバしている星砂に惚れてしまった。初恋だ。

 だが、星砂側には鈴之介を思う気持ちがカケラもない。星砂は自分を犠牲にしてまで他人にやさしくする悠日が好き。悠日も星砂に好意を抱いているものの、人が良いので鈴之介と結び付けようとしている。

 第3話の終盤、居酒屋で悠日と飲んでいた星砂は「アンタのお兄ちゃんに会ったことがあると思う」と打ち明けた。朝陽が転落死した3年前の夏だ。星砂の自宅には朝陽のスマホもあるという。朝陽と断言できないのは会ったのが別人格だからである。

 星砂は別人格の存在も悠日に告白する。その最中、星砂の人格はヘビ女に入れ替わった。星砂はいつも物事に動じないが、ヘビ女は居酒屋店内の喧噪に怯える。「やだ、うるさい。凄くやだ…」。弱々しい口調だった。

 ヘビ女の人格になった星砂は居酒屋を飛び出し、走り出す。悠日が追い掛け、慰めるよう背中をさすると、星砂に戻った。この様子を見知らぬ男性が歩道橋上からスマホで撮影していた。その横を雪松署長が通り過ぎた。怪し過ぎる。

 雪松署長にとって朝陽は単なる友人だったのか? どうして朝陽の死に拘り続けているのだろう。朝陽のスマホの行方を気にしているが、なぜか。

 第3話のラストで鈴之介宅内に監視カメラが設置されていることが分かる。隣人の自称小説家・森園真澄(安田顕)が筆談で教えてくれた。声に出すと、監視カメラに音声を拾われてしまうからだ。

 監視カメラの設置は同話前半で鈴之介宅に忍び込んだ泥棒なら可能だ。その事件の現場検証に来た捜査員たちも。問題はそれが誰の指示なのかである。

 第1話で雪松署長は悠日にこう言った。

「おまえの兄貴を殺した真犯人はウチの署にいる。オレはその鹿浜という男が怪しいんじゃないかと思っている」(雪松署長)

 雪松署長が鈴之介を見張っていたのか。そもそも隣人の森園はどうして鈴之介宅の監視カメラに気づいたのだろう。

「初恋の悪魔」というタイトルからして謎だ。鈴之介の星砂への思い、あるいは悠日と星砂の恋を指すのではないだろう。鈴之介は猟奇殺人に目がない奇人だが、内気なお人好しで、悪魔的ではない。星砂と悠日の場合、2人とも過去に恋の経験があるから当てはまらない。

 ひょっとすると星砂の別人格であるヘビ女と朝陽の恋なのかも知れぬ。そこで1つの疑問が生じる。スカジャンを着て物怖じしない女性は星砂の本来の姿なのか? ヘビ女こそマーヤーのヴェールに覆われた星砂の真実なのではないか。

 さすがは世界的脚本家の坂元裕二氏(55)によるミステリアスコメディ。途方もないほど深遠だ。

 このドラマはコメディでもあるから笑える場面も多い。だが、坂元氏のギャグだから凡庸ではない。例えば泥棒の侵入事件で自宅を現場検証された鈴之介が、愛読するディアゴスティーニの分冊百科「世界を震撼させた殺人事件の真実」を同僚刑事に見られてしまう。鈴之介は落ち込む。確かにこれはイタい。笑えた。

 坂元作品らしい純文学的セリフもある。自らが変わり者であることに劣等意識を抱く鈴之介と逆に普通の人である自分をもどかしく思っている悠日を念頭に置き、星砂にこう言わせた。

「普通の人とか、特別な人とか、平凡とか、異様とか、そんなのないと思うよ。ただ誰かと出会った時にそれが変わるんだよ。平凡な人は平凡ではないと思う人が現れる。異常な人は異常だと思わない人が現れる。それが人と人との出会いの美しいところなんじやないの」(星砂)

 すべての人に向けられた言葉に違いない。

 主演の仲野、林の2人と柄本、松岡の演技は文句なし。奔放な星砂から気弱なヘビ女に変身する松岡の演技のうまさには戦慄をおぼえた。

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