全日本柔道選手権 大野将平と高藤直寿、こんなに違う五輪金メダリスト“初戦敗退”の戦い方

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「平成の三四郎」古賀稔彦さんの戦いぶり

 高藤は大野よりも10キロ以上軽いとはいえ、2人がまったく異なる考え方で立ち向かっていたのは興味深い。小柄な選手が大きな選手を投げ飛ばすのは柔道の魅力の一つだ。

 柔道ファンの目に焼き付いているのは、やはり「平成の三四郎」と呼ばれ、昨年3月に癌で亡くなった古賀稔彦さん(1967~2021)だ。本来は71キロ級。1990年の全日本選手権に登場した。動き回って背負い、小内刈りなど、あらゆる技をかけ続けた。強豪・三谷浩一郎(53=93年アジア柔道選手権95キロ超級金メダル)も背負い投げで畳に転がすなど、120~140キロ級の巨漢相手にあれよあれよという間に勝ち続け、なんと決勝にまで上がった。決勝では、巨漢・小川直也(54=バルセロナ五輪95キロ超級銀メダル)の前に力尽きて一本負けしたが、全日本選手権を最も沸かせた男だった。

 なんの因果か、高藤は古賀さんの次男・玄暉(23=旭化成)に、4月初めの体重別選手権でタイミングの良い足払いで一本負けしている。東京五輪以来、最初の公式戦だった高藤も、この時は「楽しかった」と負け惜しみとも取れることを言っていた。

 2人とも「令和の三四郎」の活躍は見せられなかったが、ルール改正で相手のズボンを掴むことが禁じられるなど、小型選手が勝ちにくくなったことも確かだ。高藤と大野の戦いを見守った全日本男子の鈴木桂治監督は「私は最近、涙もろいんですが、2人が大きな選手に挑戦する姿を見て涙が出てきました」と話した。

 高藤は「パリ五輪を目指す」と意思表示しており、来年の全日本選手権についても「出ます」と明言した。一方「パリ五輪で3連覇を目指す」と言わなかった大野について、金野潤強化委員長は「アジア大会に出場したら気持ちが変わってくるのでは」と期待する。

国際ルールとは異なる全日本選手権

 大野は「全日本出場はこれが最後」としたが、「柔よく剛を制す」が幻想なのかどうか。古賀の例もあるが、女子では今月、東京五輪57キロ級銅メダリストの芳田司(26=コマツ)が、体重無差別の全日本女子柔道選手権に登場して大型選手に挑み、見事に2試合を勝ち上がっている。

 かつてオリンピックには無差別級があったが、今は完全な階級別になっている。全日本選手権は、日本柔道伝統の独自の存在価値を保ち続けているとも言える。この日、「物言う柔道家」の高藤は、「生意気なようですが」と前置きして「全日本選手権が世界選手権などの選考対象になっているのはおかしい。ルールも違うのに」とかねてからの意見を吐露した。

 実は、全日本選手権には「有効」が残っているなど、ルールも国際ルールとは違う。国際試合では当たり前になった青い柔道着も使わず、昔ながらに白い柔道着同士で戦っている。国内試合がオリンピックや世界選手権の「選考試合」としてばかり注目されがちな現在、小柄な選手が巨漢に挑める全日本選手権には、独自の地位と魅力を保ち続けてほしい。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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