マンガに影響されて「吉原の超高級店」へ… ロリ系で売る23歳女性の告白で気になった“幼少時の記憶”

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もしかすると幼少時に…

 ただ、彼女という人間を知るヒントになりそうな発言は得られた。それは小学生のときにどんな子供だったのか、と聞いた時に語った次の言葉だ。

「家に帰るのが嫌でいつも公園とか、散歩したりとかしてました。ぼーっと空見たり、蟻の行列を観てたり。近くに遊ぶ施設とか全くない田舎でしたから(笑) というか、小さい頃の記憶、途切れてよく分からない空白な部分が多い。理由はわからないですけど」

 これは全て私の想像でしかないのだが、彼女は幼少期に男性に「性的ないたずら」をされたのではないだろうか。じつは私自身にもそういう経験があり、なぜか特定の時期の記憶が途切れているのだ。残っているのは「おまわりさん」に何かを話している自分と、男性に対する嫌悪感だけ。かなり成長してから「いたずら」されたことを思い出したが、いまも詳しいことは思い出せない。

 きっと脳が思い出すことを拒否しているのだ。鮮明に思い出そうとしたら自分が「壊れる」ことを本能で気付いている。だから、やり過ごしている。触れてはいけない爆弾として、あるいは「どうでも良い空気のようなこと」として。おそらく里美にも、性にまつわることを「どうでも良いこと」として捉える、捉えなくてはならない経験があるのではないか。だからこそ、彼女は「処女なんて意味ない」という結論になったのではないだろうか。性産業への抵抗のなさも、一応、説明がつく。

 さらに想像を許してもらえば、これは彼女が育ったような「田舎あるある」なのかもしれない(私も福島の田舎育ちである)。閉鎖的な田舎は、「外部に漏れたら恥」という認識が強い。だからこそ、子供は本能的に「これを大人に話してはいけない」と、なかったことにしようとするのだ。

 もちろん、幼少時に何かあったと尋ねても、里美は「う~ん」というだけ。本当のところは分からない。

とつぜん口にした「不可解な後悔」

 高校を卒業してからは、東京の専門学校に推薦入学した。アパレル系の学校だったが、特別その仕事に興味があったわけではなく、一人暮らしがしたい、学費がかからない学校だから、それだけの理由で選んだ。

 卒業後に就職したが、同僚たちの話題は洋服かメイク、ネイルの話ばかりだった。給料も14万円ほどで低く、サービス残業、休日出勤ばかり。生活にゆとりが全くなかった。嫌になって半年後に退職してしまったそうだ。その後「鬱っぽくなって」数カ月をニートとして過ごしたのち、こう思いつく。

「人とかかわる仕事はいいけれど、アパレルのような金を稼げない業種は嫌だ。見合った対価がほしい――だから風俗で働こう」

 その後の業界遍歴は先に記したとおりである。

 いまは貯金も数百万円あり、昼の仕事をはじめ、地に足がついた生活を送っている。JKリフレにはたまに働きに出るが、以前のように客との本番行為はしていないという。

 取材中、突然、彼女は吐き出すように、

「結婚詐欺的な事、私、しちゃったかも」

 との後悔を口にした。聞けば、以前勤めていたJKリフレ店の客とアフターで食事に行ったりしていたのだという。

「あっちは付き合って結婚すると思ってたと思う。でも、途中で面倒になってきて。そのストレスの対価に見合うほどお金稼げなかったし。そのまま何も言わずお店を辞めちゃいました。詐欺じゃないですかね、これ」

 Twitterで処女を売り、その金を募金、そして抵抗なくソープに勤めるという大胆な行動に出るかと思えば、店での色恋接客には罪悪感を感じる……やはり男との距離感、バランスがなにかおかしい。

 本人が望んでいたかどうかは別として、もし、コロナで機会が奪われなければ、里美は吉原に勤め続けていたのではないか。うまくいけば「億」を稼げる女性に化けていただろう。昔から「女の賞味期限はクリスマスまで」と、24歳が「女として」稼げる時期とされている。それは今も同じだ。いま23歳の彼女は、その時期を見事にコロナに奪われてしまったことになる。

 いまスタートさせた「レンタルスペース」の実業。今度はタイミングが上手く合って、時代の渦に巻き込まれないように祈ってやまない。

酒井あゆみ(さかい・あゆみ)
福島県生まれ。上京後、18歳で夜の世界に入り、様々な業種を経験。23歳で引退し、作家に。近著に『東京女子サバイバル・ライフ 大不況を生き延びる女たち』ほか、主な著作に『売る男、買う女』『東電OL禁断の25時』など。Twitter: @muchiuna

デイリー新潮編集部

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