ただの「年の差不倫モノ」ではない「シジュウカラ」 40歳からの女の自立と再生は可能なのか

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 場所は水族館。やや暗めだが、水槽の上部から薄く光が入る。水槽の前をひとりの女が後ろ向きに歩き出す。水槽の中の魚も後ろへ進んでいくので、逆再生の映像とわかる。その中にアニメーションの鳥が1羽。鳥だけは前へ進む。羽ばたいているその鳥はどうやら雌のシジュウカラ。とても意味深なオープニングだ。カラスやモズ、とんびやスワンを冠するドラマはあったが、今回は「シジュウカラ」。鳥の名と「40歳から」の女の再生をかけている。

 主人公は40歳になる漫画家の綿貫忍。演じるのは山口紗弥加。デビュー20周年だが売れっ子ではなく、アシスタント業がメインになっていた。会社員で年上の夫(宮崎吐夢)のおかげで生活は安定。中学生の息子(田代輝(ひかる))もいる。過去に描いた不倫モノが突然脚光を浴びたことで、漫画家としての転機が訪れる。アシスタント募集でやってきたのは橘千秋(板垣李光人(りひと))。22歳の美青年に40歳人妻が翻弄されるのねと思いきや……。

 ふたりは同志だった。自分を大事にしない人と長年暮らしてきた共通項がある。

 忍は夫から長年虐げられてきた。乳飲み子を抱えているときに浮気され、心血注ぐ漫画を馬鹿にされ、良妻賢母を強いられてきた15年。夫の物言いは穏やかだが、妻に対して敬意ゼロ(吐夢の坊ちゃん感が絶妙にムカつく)。私からすれば、夫の言動はいちいち腹立たしいが、忍は飲み込んできた。馬鹿にされることに慣れると鈍くなる。家庭内人権侵害に気づかないのよね。

 一方、千秋の母はシングルマザー(酒井若菜)。酒と男に依存的で自堕落に暮らし、息子のことは蔑(ないがし)ろ。幼い頃から大人対応を要求されてきた千秋は、年輩女性に体を売って稼いだ経験も。

 夫や親から認められず、大切にされてこなかったふたり。似たような境遇で燃え上がるだけの単純な不倫話ではないところがすごい。

 実は、夫の昔の浮気相手が千秋の母。当初、千秋は自分の家庭を壊した男に復讐をしようと、忍に粉をかけた。事実を知った忍は「もしや夫の子か?!」と疑念を抱く。一瞬嫌悪感、そして罪悪感も。ちょいサスペンス風味をまぶしたことで、ふたりの絆がより強くなっていく過程を見せた。

 そんな夫は捨てちゃえ、と言いたい。年上でモラハラなんて、老い先地獄としか思えない。40歳からでも遅くないと言いたいが、現実的な壁がある。劇中でも壁をきっちり描いていた。

 まず中学生の息子だ。親の離婚をどう受け止めるか。モラハラ夫に親権を譲るのは避けたいところでもある。

 忍の友人(高野ゆらこ)は夫の浮気で離婚。シングルで子供を育てるも、養育費の支払いが滞り、夜も働きづめ。「私にとって結婚は最強の生活保障だったわ」とつぶやく。離婚後の困窮は切実だ。経済的に夫に依存してきた女の自由を阻む、パワーワードで呪詛だった。

 つまり、年の差不倫の夢物語ではない。自立と再生の物語なのだ。オープニングの羽ばたく鳥はその象徴か。美しくて繊細な紗弥加と李光人、ふたりの目線の変化を追うことにする。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年2月24日号掲載

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