デジタル民主主義はタピオカミルクティーオードリー・タン デジタルで世界を変える6つの言葉

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 2016年に史上最年少の35歳で入閣した台湾のデジタル担当大臣、オードリー・タン(唐 鳳)氏はいまや、世界のオピニオンリーダーと呼ぶにふさわしい。革命的なコロナ対策のみならず、2021年の民主主義サミットで台湾代表を務めるなど、デジタル民主主義を牽引する人物としても大きな影響力を持っている。そんなタン氏に対して、台湾問題に詳しいジャーナリストの野嶋剛氏がオンラインインタビューを行い、デジタル社会における民主主義のあり方から人生観や日常生活まで、幅広いテーマについて語ってもらった。全6回に分けて掲載する。

(以下のインタビューは2021年11月に行われたものです)

デジタル民主主義で「持守」すべきもの

野嶋:タンさんは自分の信条として中国語で「持守」と呼ぶ理念を提唱されています。古くは宋の時代に生まれた朱子学に登場する理念でもありますが、デジタル世界の先端を行くタンさんとしては意外感もあります。「持守」は「保守」とどう違うのでしょうか。

タン:私が何か新しいことを作り出すクリエイティブなことに取り組んでいるときは、過去からあった価値観を捨てるのではなく、自分のなかに保ち続けます。それを「持守」と呼んでいます。私たちにはそれぞれとても大切だと信じている価値観がありますが、それは自らに要求することで、他人に要求することではありません。

野嶋:他人には自分の考えを強制しない、しかし、他人からは強制されない「心の自由」を守るということですね。デジタルと民主主義の関係について、タンさんがこれからも「持守」していきたいと考える最も重要な価値とは何でしょう。

タン:市民を信じる、それに尽きるでしょう。どんな状況でも人々を信じる。これが最も大事な価値観です。老子にはこういう言葉があります。「信不足焉,有不信焉」。信じることは信じられることだ、と。人々を信じなければ、人々も当然あなたを信じてくれません。あなたが、この人民たちは何も国家に貢献できないと思えば、最後まで彼らは何ら意義のある貢献を国家にしてくれないでしょう。もしあなたが人々を信じれば、人々は信頼を返してくれるはずです。

デジタルで可能となる「日々の政治参画」

野嶋:デジタルと民主主義のキーワードが「信頼」というのは意外でもあります。

 信頼という意味では、日本社会は大きな問題に直面しています。今年(2021年)10月の衆議院選挙では、投票率は非常に低く、5割程度にしか達しませんでした。若者はもっとも低くて30%台とも言われています。日本では、人々がいまの選挙制度を信じていないから、投票に行かないのだと私は受け止めています。

 もしデジタルの技術やテクノロジーでこの状況を変えるとすれば何ができるでしょうか。

タン:デジタルは、我々にさらなる政治への参画を可能とし、そのうえコストがほとんどかかりません。

 私は選挙での投票自体に大きな意義を見出しています。私の最初の投票は成人になったばかりで、(当時暮らしていた)台北市文山区の里長(自治会長)を選ぶものでした。私は仕事をしている別の場所から戻って投票に行きました。すると、私が一票を入れた候補がなんと一票差で勝利したのです。私が投票に行かなければ、彼は当選しなかった。これは素晴らしい経験でした。最初の投票で決定的な一票を入れられたのですから。

 ただ、投票からさらなる政治参加を求めるには、自分の政治参加に価値があると思ってもらうことが欠かせません。選挙は4年に一度です。もしあなたが投票した人が当選しなかったら、その不愉快な感覚は長く続いてしまうことになります。かといって、私たちが伝統的な方法で(選挙を準備して)毎日投票に行くのは、コストに見合いません。

 しかし、デジタルの世界は違います。人々は毎日のように住民投票の署名に参画できるし、ネット上で「市民参加式の予算編成」にも参画できる。そうすることで、比較的ポジティブに政治参加ができるのです。

野嶋:たしかに台湾では、市民参加型の予算編成の導入が国、地方レベルでかなり進んでいますね。デジタルを活用することによって、いわゆる代議制民主制とは違った新しい方法で、人々の政治への関心を刺激できる、ということですね。

3日で完成したショートメール実名登録制

タン: その通りです。代議制民主制度はとてもいいものです。壊すべきだと思いません。ただ、60日ごとに政治家を代えることは不可能です。一方、人々は特定の案件や問題といった「コト」について政治的な意見を表明したいと考えています。デジタルを使った方法ならば、毎日新しいアイデアが生まれ、(自分の行動が)公共の利益に適っていることを証明できるのです。

 例えば、マスクマップやショートメール実名登録制などは、考えついてから3日でシステムが完成しました。それは、人々が「コト」に対して行動しているからです。

野嶋:今年(2021年)5月に台湾で導入されたショートメール実名登録制は、人々が自分の行動履歴を専門のホットラインに通知するシステムですね。店舗や公共交通機関にあるQRコードをスマホで読み込み、名前と連絡先をショートメールで送ることで、新型コロナの感染者に接触した人を特定できる。のちに携帯電話会社がデータを削除するので、感染対策をしながらプライバシーが守られると評判ですね。それにしても、3日で完成とは驚きです。

 デジタルと民主主義というテーマで考えるべきひとつのポイントはオープンガバメント(開かれた政府)の理念です。市民がいかに政治の手続きに関わっていくか。この問題は台湾で活発に議論されており、日本でも注目を集めるテーマです。

投票日以外にも民主主義に参加する

タン:以前の私たちには、政策決定にあたって短時間で多くの人々の意見を聞くことに難しさがありました。多くの場合、政府が表明し、民衆が聞くだけで、民衆はどう考えたかをフィードバックできない。投票という方法があるだけです。しかし、投票は4年に一度しかない。投票がないとき、民衆は常に受動的でした。この受動的なものをどうやって能動的なものに変えていくか。そこでデジタルの出番になります。

 台湾ではすべての人が住民投票の提案、参加型の予算編成、総統盃ハッカソン大会(タン氏が召集人を務めるイベントで、市民ハッカーたちが時間内に政策的アイデアを競い合うイベント)など、投票日以外にも民主主義に参加してもらう方法があります。

野嶋:タンさんが11月にツイッターで発信して話題を呼んでいる動画では、タピオカミルクティーというお茶とタピオカの組み合わせを例に、デジタル民主主義について説明していますね。台湾では1996年に初めて直接選挙による総統選が行われ、その時期にインターネットが広がったことで、デジタルと民主主義が非常に近いものになった。お茶とタピオカは無限の組み合わせがあり、タピオカミルクティーの多様な味を作っている。同様に台湾のインターネットと民主主義にも無限の組み合わせがあり、その中で台湾のデジタル民主主義はオープンガバメントの方向へ着実に進んでいる、ということを動画ではアピールされていました。

タン:台湾は全世界のなかでオープンガバメントに最もクリエイティブかつ総合的に取り組んでいる場所の一つと言えるでしょう。

女子高生が実現させたプラスチック製ストローの廃止

野嶋:台湾では民間による法制検討のための「vTaiwan」や公共政策提言のための「Join」などのデジタルプラットフォームを活用した市民からの政策提言が活発にネット上で行われています。

 プラスチック製だったストローが、紙製や持ち運べるステンレス製に取って代わられつつあるのも、きっかけは女子高校生が「Join」でプラスチックストローの使用をやめるべきだと提案したことでした。「Join」で5000人以上の賛同が得られた提案については、行政が検討しなければならない決まりになっており、このケースも5000人以上の賛同を得て政府に環境対策として採用されたのですよね。

タン:(自分のドリンクを指差して)いまあなたがこの画面越しに見ているこのストローは紙ストローですよ! 台湾では、住民発議の方案の4分の1以上は18歳未満の人が公共政策のプラットフォームで提案したものです。デジタルによるこうした方法は、若い世代の意見を政治に反映させるのに非常に効果的であり、自分が政治に参画していることが実感できる。それほどコストをかけずに、より大きな政治参加を可能にするのがデジタルなのです。

野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。

Foresight 2022年1月6日掲載

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