「カムカム」に声だけ出演のさだまさし 紅白出場拒否に無人島購入、借金35億円…意外過ぎる豪快伝説

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

 現在放送されているNHK朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」。ドラマの重要な核となるのがNHKラジオ英語講座「カムカム英語」で、その人気講師・平川唯一として登場するのがシンガー・ソングライターのさだまさし(69)である。一般的にさだの楽曲には“情景が目に浮かぶ味わい深い歌詞”が特徴で繊細なイメージがある。だが、意外にも彼に関する“豪快”な伝説が多数あるのだ。いくつかご紹介しよう。

 最初は若き日のまさし少年のエピソードから。さだは3歳のときから習い始めたバイオリンの才能が認められ、小学校卒業後、修行のため長崎から単身上京。下宿をしながら、中学校に通っていた。その2年目の1966年、彼はこの年に放送されたNHKの朝ドラ「おはなはん」(ヒロイン・樫山文枝)にハマり、なんと38日間連続して遅刻してしまったのだ。またこの時期に加山雄三やサイモン&ガーファンクルに影響され、ギター片手に曲作りをするようになった。

 音大進学を断念後、当初の目標であるバイオリニストになることを諦めたさだは、72年に高校時代のバンド仲間だった吉田政美とフォークデュオ・グレープを結成することとなる。グレープは73年10月にシングルデビュー。翌年には「精霊流し」が大ヒットし、一躍スターダムに登りつめた。そのグレープ3枚目にして最後のアルバムとなった『コミュニケーション』(75年リリース)で驚異の創作手腕を発揮。なんと一晩で収録曲11曲のうち、6曲を完成させてしまったのだ。「無縁坂」、「縁切寺」、「フレディもしくは三教街-ロシア租界にて-」、「雲にらくがき」、「哀しきマリオネット」、「19才」である。特に最初の3曲は今なおファンの間では高い人気を誇る。

 76年春にグレープを解散すると、同年11月にソロ歌手に転向。翌77年にリリースした「雨やどり」が自身初のオリコンチャート1位を獲得する大ヒットとなった。その印税で購入したのがなんと“無人島”だった。長崎県の大村湾内に浮かぶ周囲約0.5キロ、総面積約0.006キロのひょうたん形をした小島で、さだは“詩島(うたじま)”と命名した。79年に2000万円で購入したというが、注目はその経緯だ。

 ある日、突然長崎放送の親しいプロデューサーから「島を買わないか?」という電話があった。少年時代に『十五少年漂流記』や『ロビンソン・クルーソー』などを読んで育ったこともあり、無人島に憧れがあったさだはなんとその場で即決。値段も聞かずに買ってしまう。さらに驚くべきことに購入額以上の値段をかけて島の開発を行ったのだ。宿泊施設の建設など投資金額は約1億円にも及んだという。

初紅白を蹴る

 次は、「NHK紅白歌合戦」に関するエピソードから。77年、前述の「雨やどり」の大ヒットにより、NHKから出場を打診された。しかし、さだはこのオファーを拒否した。受ければグレープ時代を含めても記念すべき初出場となるのだが、なんと「フルコーラス歌えないから」という仰天の理由で断ったのだ。

 というのも、当時の「紅白」の1人の持ち時間は約2分半。これに対し、同曲はフルコーラスで約5分50秒もあった。さだの曲は1番から最後まで短編小説のような構成になっていたりするため、途中でカットするわけにはいかない。

 こうして名誉ある“紅白歌手”という栄誉を蹴ることになったが、その2年後、今度は「関白宣言」が再び大ヒットし、再び「紅白」からお声がかかる。このオファーに対し、さだは「フルコーラス歌わせてくれるのなら出ます!」と回答。周囲からは「こんな要求したらお前、いろいろと叩かれるぞ」と忠告されたが、「たとえ叩かれようと誰かが慣例を破っておかないと、永遠に2分半のままだぞ」と譲らなかった。

 困ったスタッフは“女王”美空ひばりにお相談。全歌詞を読んだひばりは「これは切れないわね」と即答した。女王のこの鶴の一声で全コーラス歌うことができたのである。このさだの勇気ある行動によって「紅白」のタブーが1つ破られたのだった。

次ページ:「北の国から」秘話

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]