藤井聡太が4冠へ王手 竜王奪取なら“あらゆる意味”で棋士のトップになる理由

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「席次」の意味

 さて、藤井が竜王位を奪って4冠になれば、全8冠のタイトルに関して言えば続く棋士は渡辺明の三冠(名人・棋王・王将)そして永瀬拓矢(王座)だけだ。藤井はもはや、十代にして事実上のトップと言ってよい存在になるが、これを明確にする評価基準がある。

 あまり知られていないが現役棋士の「席次」である。もし、藤井が竜王位を奪取すれば、現役棋士の「席次トップ」になるのである。

 将棋界には年度ごとに勝ち数、勝率などで棋士を「査定」したランキングがあるがこれとは別である。この「席次」という概念、将棋ファンにはさして気になる順位ではないが、棋士にとっては非常に意味が大きい。

 なぜならば対局の時に座る位置を決める基準になるからだ。「席次」はその名の通り、対局で座る席に影響する。将棋では盤を挟んで「上座」と「下座」がある。これをめぐっても最近、逸話があった。2019年6月、永瀬拓也叡王が、既に無冠になっていた羽生九段と対戦した。「席次」ルールでは永瀬が上座だった。しかし、レジェンドに遠慮してしまった永瀬が下座に座っていた。しかし後から入室してきた羽生が、「いやいや、そちらへ」と上座へ行くように永瀬を促したのだ。これはとても「癒される」光景だったが逆もある。

 下座のはずの棋士が上座に座っていたケースである。主役はヒフミンこと、加藤一二三九段(81)である。1984年のある対局で、前年に加藤を破って名人を取った谷川浩司名人と加藤が対局した時のことだ。谷川が入室すると加藤が先にデーンとばかり上座に座っていた。若い谷川は「あれっ、自分が上座じゃないか」と思い、どこうともしない加藤の姿に名人の権威を傷つけられ、怒りもこみ上げた。しかし年長の大棋士を相手に「席を替わってくださいませんか」と言えずに我慢した。だが、怒りの気持ちを持ったまま勝負すれば負けてしまうと思い、冷静になるために洗面所にいって顔を洗ったという。ちなみに谷川が勝った。

 これらは有名棋士同士の話だが、将棋ライターの松本博文氏によれば、タイトルホルダーの席次は竜王と名人が別格だ。その他の順位はスポンサーや賞金額などで流動的だが、複数のタイトル訴持っている場合はこの順位から「席次」が決められる。「席次」はタイトル保持者だけではなくすべての棋士(四段以上)に適用され、「座る位置」は細かく決められている。

 さて、豊島は、藤井に竜王を奪われれば、無冠に転落する。わずか2年前には、豊島は三冠(竜王、叡王、棋聖)だったのだ。藤井はこれまで並み居る名棋士、大棋士を下してきたが、豊島が叡王に続いて藤井に二冠目の竜王を献上してしまうと「藤井台風」の「最大の被害者」と言ってもよい存在になってしまう。

 豊島は感想戦で、「ああーっ」「ああ」と指した手を後悔しているような声が目立った(いつものことかもしれないが)。どことなく、元気がなさそうな印象が気になる。第二局で連敗した時、加藤九段は「豊島さんの指し手がさえませんね(中略)。豊島さんが一矢報いると面白いですし、作戦を練りに練って臨んでほしいですね。そうじゃないと、一方的になりそうですから」と話していた。(ひふみんEYEより)。そして3局目も豊島は負けてしまった。

 記者会見などでの印象でしかないが、藤井聡太は極めて礼儀正しいが、誤解を恐れずに言えば、精神的に「図太い」ところがある気がする。一方の豊島は非常に繊細で少し気が弱いように見える。「藤井台風」で崖っ淵に飛ばされてしまったが、ここは女性ファンも多い豊島竜王に開き直ってもらい、奮起を期待したい。

 何しろ伝統の竜王戦では2008年、24歳だった渡辺竜王が38歳だった羽生名人の挑戦を受け、3連敗して絶体絶命に追い込まれてから4連勝して「奇跡の防衛」を果たした有名な歴史があるのだから。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

デイリー新潮取材班編集

2021年11月6日掲載

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