人生のコスパを上げるには 経験、感情は蓄積すればリサイクル可能(古市憲寿)

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 1999年、音楽バンドのスピッツが初のベストアルバムをリリースした。200万枚以上を売り上げ、大ヒットを記録したのだが、発売はメンバーの意向を無視した、レコード会社の決定によるものだった。

 その不和を象徴するように、タイトルには「RECYCLE(リサイクル)」という言葉が冠されている。既発曲を再利用して商売しようとする大人の都合で出されたアルバムです、というメッセージのようだ。実際、今でもこのアルバムは非公式扱いになっている。

 当時、中学生だった僕は、スピッツの意向よりも、「リサイクル」という言葉の使い方に興味を持った。

 リサイクルという用語自体は、空き缶など「廃棄物の再利用」という意味で、かなり古くから使われてきた。特に環境に対する意識が高まる1970年代には、既に一般的な用語になっていた。英語でも同じ文脈で使用されることが多いが、アイディアやジョークの使い回しという意味もある。

 人生のさまざまな局面で「リサイクル」を意識すれば、効率よく生きていくことができるのではないか。中学生の頃に抱いた直感は今でも正しかったと思っている。

 誰もが不可逆的に、一度の人生しか送ることができない。全ての人にとって、時間の流れはほとんど平等と言っていい(厳密に言えば、心理状態で主観時間は大きく変化するし、相対性理論が主張するように重力の小さい場所では時間の流れは速くなる)。

 だが同じ経験をしても、それを「楽しかった」や「つまらなかった」と、その瞬間の感情で済ませてしまう人もいれば、後から何度も反芻して何かに役立てようとする人もいる。

 僕の場合は、文章を書く仕事をするようになってから、人生のコスパは劇的によくなった。このエッセイにしても、中学生の頃、スピッツのCDに抱いた考えを、約20年の時を超えてリサイクルしている。

 感情も再利用することができる。小説を書くのは、リサイクルできそうな感情を記憶の中から探す作業と言ってもいい。友人の俳優も、絶望的な出来事に遭遇すると、その表情と感情を覚えておいて、演技の糧にすると言っていた。

 日々をただのフローとして捉えるのか、ストックされていく資産のように考えるのかで、人生は大きく変わる。その瞬間は、悲しみに暮れたり、退屈だと思った出来事でさえ、後から価値を持ってくるかもしれない。何がいつ、どのようにリサイクルできるか、先んじて知ることは難しい。記憶を消すのは難しいのだから、嫌な経験をした時ほど、来たるべきリサイクルのために、詳細を記憶しておいたほうがいい。誰かを説得したり、反論したりする材料や話の種になるかもしれない。

 ただし、人生に無駄なことは何もない、という話ではない。反芻する価値のない出来事もあるだろう。たとえばデーブ・スペクターさんからは、毎日のようにひどい駄洒落まじりのLINEが届くが、読んだ瞬間から忘れるようにしている。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2021年10月14日号掲載

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