W金の阿部兄妹 一二三が成長した裏に「強力ライバル」 詩の武器は「猿の足」

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「燃えるしかなかった」

 先に戦いを終えた妹が兄の戦いを見守る。国際試合ではこのパターンが多い。ともに、男女の階級でそれぞれ軽い方から二番目であり同日になることが多いからだ。

 控室で妹の金メダルを見届けた一二三。「今日も妹が先に金メダル。燃えるしかなかった。絶対やってやるしかない」と妹からのプレッシャーを力に変えて約20分後、決勝の畳に上がる。手を組んで祈るように見守る妹の前で、ジョージアのマルグベラシビリ相手に実に落ち着いた試合運び。強引な大外刈りで「技あり」を奪っても最後まで攻め続ける。

 試合終了のドラの音を聞くと静かに相手を放し喜びを押し殺した。勝ち名乗りを受けると土下座姿勢で跪いて、畳を後にした。妹は無邪気に飛び跳ねていた。

 インタビューで一二三は「畳の上でガッツポーズするとか、笑顔で降りるかなと思っていたがいろいろな思いがこみ上げた」「一日で二つの夢を叶えられた。23年間生きてきて最高に輝く一日になった」などと話した。これまでと違い驚くほど冷静で大きな成長を感じた。コロナによるオリンピックの一年の延期は若い兄妹には関係なかった。

丸山との死闘が財産に

 阿部詩は2018年、19年と世界選手権を連覇した。早い段階で国内のライバルを駆逐していたが兄一二三は違った。17歳で世界選手権三度王者の海老沼匡(パーク24 引退)を圧倒するなどして講道館杯に優勝、2017年、18年と世界選手権を連覇したが、19年の東京での世界選手権は怪我もあって敗退した。

 さらに「東京五輪間違いなし」とも見られていた一二三の前に立ちはだかったのが、三歳上の丸山城志郎(27・ミキハウス)だった。切れのいい内股、巴投げなど技は多彩、さらに巧みな寝技を武器としていた。阿部は18年11月の大阪グランドスラム大会で、巴投げで丸山に敗北し、19年の世界選手権でも浮技で破れ、五輪代表に赤信号が灯る。紆余曲折を経て昨年12月の五輪代表を賭けた注目のプレーオフとなる。

 24分間の死闘の末、阿部が大外刈りでねじ伏せてライバルを破った。この時は今回の五輪と異なり、感極まって感情を爆発させていた。オリンピックでの落ち着き払った仕草には「あの男に勝って外国選手に負けるはずはない」という自信を感じた。仮に「一階級で一国一人」ではなく、丸山も五輪に出場していれば99%二人の決勝になっただろう。

 一二三の技術的な進歩の一つは得意の背負いなどの「担ぎ技」に加えて、足技が多彩になったこと。さらには寝技に自信を持ったことだ。神戸市の神港高校時代、個人的に取材したが「寝技は嫌い」と言っていた。時間がかかり忍耐のいる寝技をするまでもなく破壊力抜群の背負い投げ一本やりで勝ってしまっていた。しかし、本当に寝技のうまい相手には思い切って立ち技で臨めない。同体で崩れたりすると寝技に引っ張り込まれる危険があるからだ。これらを克服していけたのも丸山城志郎の存在があったからだ。

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