オリックスも続くか? たった5回しかない前年最下位からの「ミラクルV」を振り返る

スポーツ 野球 2021年7月16日掲載

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 昨年、一昨年と2年連続最下位だったオリックスが、今季は一転パ・リーグのV戦線の主役を演じている。最下位から一気に優勝という“下剋上V”は、80年以上のプロ野球の歴史の中でも5回しかない。

“100万馬券”以上の衝撃

 第1号は、1960年の大洋である。1950年の球団創設以来ずっとBクラスで、前年まで6年連続最下位。これほど弱いチームがいきなり優勝し、日本一になったのだから、競馬の“100万馬券”以上の衝撃だった。

 同年就任した三原脩監督は、巨人、西鉄時代に優勝5度の名将だが、「正直言って、シーズン前は優勝する自信がなかった」という。投手は秋山登、島田源太郎、権藤正利ら面子が揃っていたが、打線は桑田武と近藤和彦以外計算できず、開幕からいきなり6連敗と躓いた。

 だが、巨人をはじめ各チームが大型化を図るなか、あえてその逆を行くような細かい野球がしだいに浸透。少ない好機を生かし、僅差のリードを守り切る独特の大洋カラーが打ち出されていく。

 6月下旬から8連勝で首位浮上後、連勝、連敗を繰り返し、「そろそろ落ちるだろう」と言われながらも、しぶとく上位をキープ。8月18日に3度目の首位に立つと、ライバル・中日、巨人との8連戦に5勝2敗1分と勝ち越すなど、優勝に向けて一気に加速した。

 そして、9月末の巨人との天王山3連戦も2勝1敗で乗り切り、10月2日、球団創設11年目の初Vを決めた。即戦力の新人の加入もなく、ほぼ現有戦力で最下位から頂点に駆け上がった快挙は、“三原魔術”と呼ばれた。

吉と出た指揮官交代

 2例目は75年の広島だ。

 こちらも前年まで3年連続最下位からの快挙。キーマンとなったのは、プロ野球史上初の外国人監督に就任したジョー・ルーツだった。中日や巨人に勝つためには、セオリーどおりの野球では通用しないと考えたルーツ監督は、積極的な走塁とミスの少ない野球を前面に打ち出し、チームの体質改善に取り組んだ。

 ところが、開幕から1ヵ月も経たない4月末、ルーツ監督は判定トラブルをめぐり、電撃退団で帰国。後任に古葉竹識ヘッドコーチが指名された。

 このシーズン途中の指揮官交代が吉と出る。機動力と守りの野球に長けた古葉監督は“ルーツ遺産”を継承。打線も首位打者の山本浩二や新外国人のゲイル・ホプキンスらが随所で勝負強さを発揮した。

 5月17日に首位に立った広島は、中日、阪神との激しいつば迫り合いを経て、9月後半の6連勝でVモードに突入。10月15日に20勝のエース・外木場義郎と、交通事故から奇跡の復活をはたした金城基泰の継投で巨人を4対0と下し、球団創設26年目で悲願初Vを実現した。

 古葉監督は「これまで何人かの先輩監督が達成できなかった優勝を、1年目の僕が飾れたのは、選手たちが苦しさを乗り越えて、私を励まし、引っ張ってくれたこと。それにファンの声援にも力づけられた」とチーム、ファンが一体となってのVを強調した。

 大きな殻を打ち破った古葉広島は、70年代後半から80年代前半にかけて計4度の優勝を成し遂げた。

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