この国の縮図を描く「ここぼく」 組織の不正を告発する女性、隠蔽を企てる上層部、静観する人々のリアルさ

  • ブックマーク

Advertisement

 見目爽やかに物腰柔らかく、何か言っているように見えて、中身のあることは何ひとつ言わない。鋭い指摘も皆無、問題も一切解決しないのに好印象だけ残す。「令和版肩透かし~ポエムで逃げる出世術~」、著者は小泉進次郎。嘘。まともな人なら呆れて白目を剥くところだが、支持層は厚い。そんな人物が大臣という亡国の危機はさておき(さておいていいのか)、ドラマに最適な人物であることは間違いない。うまく利用したのはNHK。松坂桃李主演「今ここにある危機とぼくの好感度について」である。

 桃李は元アナウンサー。母校の恩師(総長の松重豊)から誘われて、国立大学の広報に転職する。もともと桃李は考えるのも議論するのも矢面に立つのも苦手、「極力意味のあることはしゃべらない」をモットーに生きてきた。華やかだが称賛の数だけ批判もある、熾烈な人気争いのテレビ業界に嫌気もさしていた。恩師の誘いを渡りに船と飛びついたものの、大学には問題山積み。転職早々巻き込まれ、渦中の人になっていく。

 とにかく好感度だけが命、薄っぺらさも戦略というが、その時点で人を見下している。ただし、桃李は根が善良、悪用されていることに気付いていない。伊武雅刀の渋さが優しいナレーションとともに、桃李の残念感と四苦八苦を愛おしく見守ることができるのだ。

 で、直面する危機というのが研究論文の不正改ざん疑惑。よりによって大学の花形&スター教授(辰巳琢郎)が不正を指示したという内部告発があったのだ。ただでさえ台所事情が火の車の国立大学、莫大な研究費を集めてくれるドル箱教授を守るために、大学の理事たちは隠蔽を決議。内部告発をしたポスドク(非正規雇用研究者)を懐柔しろと桃李に投げる。このポスドクを演じたのが、鈴木杏。

 杏が内部告発に至る経緯と覚悟を語るシーンでは、実在の女性たちが頭に浮かんだ。嘘や隠蔽、不正や犯罪、巨悪に毅然と立ち向かった女性の姿が。最大の見せ場であり名シーンだった。

 一方、理事役には岩松了や國村隼らいかにもな面々。清らかな水を通さぬ粘土層というか、過去の遺骸を蓄積しているだけの化石層というか。この国の中枢にもいる「輩」感を見事に体現。

 この粘土・化石層に逆らえず、形だけの総長が松重。彼の逃げ腰に諦観を見せるのが総長秘書の安藤玉恵や、広報課課長の渡辺いっけい。シニカルなふたりが桃李を鍛えていくが、大学側のスタンスもわからんでもない。少子化と不況、国立大学の経営難は深刻なのね。正論を毛嫌いするいっけいのセリフが妙に沁みてしまった。

 もちろん拝金主義の大学側に疑問をもつ教授もいる。常に正論を放つ高橋和也、ノリも思考回路も70年代ヒッピー風な池田成志。闘ではなく斗。ゲバ字が似合う。

 学問と人材育成の場である大学が、大人の事情と思想で迷走していく皮肉と現実。でも救いはある。新聞部の学生(坂東龍汰ら)が不正追及の姿勢だから。まともな若者が存在しているのは心強い。この大学は日本の縮図と思って観ている。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2021年5月20日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。