「コロナ感染者爆発」で医療現場から相次ぐ悲鳴… 解決のカギは「災害対応」にあり

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 国内の新型コロナウイルスの感染による死者数は4月26日に1万人を超えた。初の死者が出てから5000人を超えるまで約1年かかったが、年明けから感染者数が急増し、3カ月で死者数は倍増した。

 その理由の一つとして、変異株の蔓延が指摘されている。

 昨年末に英国で変異株が発見されて以来、南アフリカやブラジル、米カリフォルニア州、インドなどで発見が相次いでいる。変異株の特徴は(1)感染力が強いことに加えて(2)ワクチンによってつくられる抗体を回避する点にある。

 日本でも感染力の強い英国型が関西地域から日本全体に広がる恐れがあることから、4月25日から4都府県を対象に3回目の緊急事態宣言が発令されているが、「日本人をはじめ東アジア地域の人々に感染しやすい」特徴を有する変異株も日本に入ってきている。

 新型コロナウイルスに打ち克つためには(1)抗体(液性免疫)を保有するとともに(2)新型コロナウイルスに感染した細胞を破壊できるキラーT細胞(細胞性免疫)を有することが必要である。当初、日本を始め東アジア地域で被害が比較的軽微だったことの原因の一つに「新型コロナウイルスに適切に対応できる細胞性免疫を有していた」との仮説(ファクターX)が出されていたが、これが通用しなくなるかもしれないのである。細胞性免疫を司る白血球のタイプは「ヒト白血球抗原(HLA)」と呼ばれる。日本人の6割が持つHLA-A24はこれまで新型コロナウイルスを認識することができたが、新たに出現した変異株は認識できない可能性がある。細胞性免疫の仕組みが複雑であることから実験が難しく、その詳細は明らかになっていないが、要警戒である。

 変異した新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される中、病床確保の動きが鈍い。連日のように1000人単位で新規感染者が出ている大阪府の重症者用の病床使用率は100%を超えている。大阪府以外でも感染者急増の懸念が高まっているものの、確保病床数は第3波ピーク時の入院者や入院・療養調整者の合計を大きく下回ったままである(4月25日付日本経済新聞)。このような現状を憂いた日本経済新聞は4月24日の1面で「政府、自治体首長、そして医療界はこの1年あまり何をしていたのか」と断じた。「診療報酬の特例と国費の拠出は十分すぎるほどに用意されている。にもかかわらず病院間の連携がいまだに貧弱な地域がある」とした上で「各地の医師会と病院団体は当事者意識をしっかりもってほしい。感染拡大地域の知事らが責任をもって効果的で効率的な医療体制を急ぎ再構築すべきだ」と主張している。

日本を支配する「医療全体主義」

 残念ながら、現段階でも新型コロナウイルス患者を受け入れる病院は少ない。日本全体の病床数は約150万だが、そのうち新型コロナウイルス用に使用される数は約6万と4%しかない。重症患者に使われる人工呼吸器の数は全国で4万5000台あるが、そのうち新型コロナウイルス用に使用されているのは1%に過ぎない。ECMO(エクモ)と呼ばれる人工肺も全国に2220台あるが、その使用率は2%である(4月22日付東洋経済オンライン)。「医療崩壊の原因は日本の医療制度にあり、国民の活動を制限するのは筋違いである」と主張してきた『日本の医療の不都合な真実 コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側』の著者である森田洋之医師は、「今回の新型コロナをきっかけに医療偏重という考え方が社会全体に広がった。医療界が『○○しないと死ぬ』と脅かせば、社会が動かせることが証明されてしまった。まさに『医療全体主義』が日本を支配している」と警告を発している。

 医療界全体が一丸となって新型コロナウイルス対策に専心できない日本は危機的な状況になりつつあるが、好転の兆しも見えてきている。

 現在の感染爆発について「災害レベルである」との悲鳴が医療関係者から相次いで出ているように、現場は「災害医療」の様相を呈してきている。

 災害医療は通常診療と異なり、トリアージ(患者の重症度に応じて治療の優先度を決定すること)や医療資源の集約化が必須である。場合によっては急を要しない患者にいったん退院してもらう必要さえ生ずるため、独特のノウハウが不可欠であり、医療関係者であっても専門でない不慣れな面が多い。

 集中治療と救急科専門医である山本尚範氏は「災害医療を専門とするDMAT(災害派遣医療チーム)本部を都道府県庁に設置し、DMATがコーディネーターとなって、重症患者を診療する大病院の院長会議をオンラインで毎朝行うべきだ」と提言している(4月15日付ダイヤモンド・オンライン)。医療機関の長たちが「コロナ重症患者を何人受け入れるのか」「地域の救急医療をどこが担うのか」などについて腹を割って話し合い、関係者が「同じ船」に乗って知恵を出しあえば、必ず道は開けるというわけである。

「人工呼吸器を扱える医師や看護師が少ない」という問題について山本氏は「米国集中治療学会が推奨している『階層式スタッフモデル』が有効である」としている。このモデルによれば、1人の集中治療医を頂点にピラミッド式の医療スタッフの仕組みを作ることで24人もの重症患者を治療できるという。

 筆者は以前のコラムで「パンデミックを安全保障や危機管理の問題として認識すべきだ」と述べたが、有事に対する理解を得るためには「災害」というキーワードの方が有効ではないかと考え始めている。日本は災害の多い国であり、災害を通して大きな変化を遂げてきたという歴史があるからだ。

 神奈川県や大阪府などで災害医療の観点からの体制の見直しが始まっているが、「明日は我が身」と考え、全国で有事の医療体制づくりを加速すべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

2021年5月12日掲載

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