巨人、菅野登録抹消で“投壊危機” 大城捕手がやるべきことは【柴田勲のセブンアイズ】

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 巨人にまた、「我慢の時」がやって来た。エース・菅野智之投手と坂本勇人内野手が故障して戦線を離脱した。菅野は7日のヤクルト戦で「右ヒジの違和感」を訴えて、8日出場選手登録を抹消された。今季は開幕投手を務めた後に「脚の違和感」で登録を抹消されている。今度はヒジである。坂本は9日の同戦で一塁走者として捕手からのけん制球にヘッドスライディングで帰塁した際に右手親指を負傷し骨折と診断された。復帰まで1カ月の見込みだという。

 コロナ禍で丸佳浩、中島宏之、若林晃弘、ゼラス・ウィーラーが離脱した際にも「我慢の時」と記したが、いまの巨人で一番故障してもらいたくない2人の登録抹消である。首位・阪神とのゲーム差は3.5(10日現在、以下の数字も同様)、これ以上離されたくないところだ。

 深刻なのは菅野だ。坂本の場合は過去の他の選手の例から約1カ月と判断できるそうだが菅野の場合、そうはいかない。

 先発して4回終えてわずか51球、2安打無失点だった。5回まではいきたかっただろう。要するにこれ以上投げたらヒジが壊れると判断したのだろう。

 肩やヒジの故障、これはもう投手本人しかわからない。ましてや違和感である。ただ7日のヤクルト戦では序盤に148キロを計測していた真っすぐが4回には140キロくらいまで落ちていた。異変が生じていたのは間違いない。一部には勤続疲労ではないかとの声もあるが、まだ31歳だ。いまが一番脂が乗っている時だ。

 私も現役時代に2度足首の骨折を経験した。1度目は帰塁した際にけつまずいてしまった。3週間くらいで骨がくっつき、1カ月で復帰した。2度目は二塁にスライディングした時にやった。亀裂骨折だった。1カ月半くらいギプスをしたが川上(哲治)監督から、「早く(試合に)出ろ」とのお達しだ。必死でリハビリに励んで復帰した。

 私たちの時代は、いつまでも「あそこが痛い」とか「ここが悪い」なんて、言っていられなかった。野手は大体の判断がつく。でも、この時代から投手だけは別で故障に対しては慎重だった。いくら医師やトレーナーが大丈夫と言っても、本人にしかわからない。本人が「大丈夫です」と報告するまで待つしかないのだ。

 たびたび今コラムで今季の菅野は変化球が多すぎると指摘してきた。4月30日の中日戦(東京ドーム)もそうだったが、9日のヤクルト戦も変化球が多かった。51球中、真っすぐは10球くらいではなかったか。カーブ、スライダー、シュート、それにフォークみたいな球が目立った。楽をして打ち取りたいという気持ちがあるのだろう。

 だが、ヒジの違和感は変化球の多投が影響しているのではないか。投手をしていた経験から、変化球を投げすぎると、「ヒジにくるな」と感じたものだ。とにかく菅野が長期離脱しないことを願う。巨人のチーム防御率は3.23でリーグ3位だ。11日のDeNA戦は登録抹消中の戸郷翔征が復帰の予定だ。14日の阪神戦は菅野の代役として野上亮磨が有力だ。開幕後、ローテーションを守っているのは高橋優貴と今村信貴の左腕2人だけだ。

 中継ぎ陣を見ても開幕抑えだったルビー・デラロサが米国市民権取得手続きのため離脱中で、代役に指名されたチアゴ・ビエイラは2軍で再調整中だ。昨季防御率1.00だった左腕・中川皓太は安定感に欠ける。昨年チームを支えてきた中継ぎ陣がうまく機能していない。先発落第と判断されたFA移籍1年目の井納翔一を引き上げたのも中継ぎ陣強化のための苦肉の策だろう。原辰徳監督はこのところ試合終盤なると、中継ぎ陣を動員してやり繰りしている。

 先発陣、中継ぎ陣ともに不安いっぱいだ。

 しかし、巨人投手陣を見ているとボール、ボールと先行して苦しくなって、甘い球を投げて打たれている。本来はストライクを先行させて臭い球で打ち取るのが理想だ。

 大城卓三は低めの厳しいコースに構えているが、もっとストライクゾーンにどんと構えてはどうか。臭いところばかり突いてもそうそううまくいかない。

 鉄腕と称された稲尾(和久)さんはこう話していた。「打者は案山子(カカシ)だと思って投げている」。この打者はここが強いとか、この打者はここが弱点だ。こんなことは考えずにブルペンで練習したことを出す。自分の投球を淡々としていたということだ。

 甘い球でも見逃すかもしれない。ファウルになる。野手の正面を突く可能性もある。とにかくストライクを先行させて、四球は出さない。ブルペンでボール球を投げる練習はしていないはずだ。自分の投球が大事だ。

 確かに投手陣は苦しい状況だが、こんな時は打線がカバーだ。坂本が抜けて、やはり頼りになるのは丸であり岡本和真だ。岡本和は9日、プロ初となる逆転サヨナラ本塁打を右翼席に放った。前の打席でも本塁打を左翼席に運んでいた。岡本和はバックスイングしてステップした際に少し手が身体に近づく傾向があった。こうなると速い球はファウルし、ボール球に手が出る。ヤクルトの村上宗隆はステップしても手が残っている。9日の本塁打は実にいい打ち方だった。また身体の強さを感じさせた。期待できる。

 11日からはDeNA(横浜)、阪神(東京D)と続く6連戦だ。DeNAも以前のようなチーム状態ではないし、阪神は好調を維持している。

 今季は「我慢の時」がたびたび訪れるが、チーム一丸となって乗り越えてもらいたい。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

デイリー新潮取材班編集

2021年5月11日掲載

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