金屏風会見で中森明菜は近藤真彦に騙されたのか 仕掛け人が語っていた真相

エンタメ 芸能 2021年5月10日掲載

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 不倫発覚を端緒にジャニーズ事務所を退所したマッチこと近藤真彦(56)が強い逆風にさらされている。かといって歴史まで改変するわけにはいかないはず。1989年に行われた中森明菜(55)による「金屏風会見」が、明菜には婚約会見と伝えられていたという事実はない。

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 1989年大晦日の夜10時から、明菜は東京・新高輪プリンスホテルで緊急会見を開いた。近藤も同席した。

 明菜は同7月11日夜、東京・六本木の近藤宅で自殺未遂を図った。その後、姿を消していたとあって、注目の会見だった。

「勝手な自分のわがままな行動に出てしまい、皆さんにこんなにまでもご迷惑をお掛けし、ご心配をお掛けしたことを深くお詫びします」 (明菜)

 会見はテレビ朝日が生中継。仕掛けたのは同局元取締役制作局長の皇達也さんである。今年2月に逝去したが、筆者は25年前から最晩年までお付き合いさせていただいた。

 この会見についても2019年7月に2時間にわたってホテルのグランドハイアット東京で話を聞き、記事にした。その後もたびたび話題になった。取材メモの一部を再掲する。

「明菜さんを婚約会見だと騙して連れ出したと言っている人がいますが、冗談じゃありませんよ。訴えたいくらいだ。彼女の衣装を見てください。地味なスーツですよ(注・淡いグレイのスーツ)。あんな格好で婚約会見する女性なんていないでしょ」

 皇さんは「タモリ倶楽部」や「ミュージックステーション」などを立ち上げた人。温厚な人柄で知られたが、この件に関しては怒りを隠さなかった。

「第一、スポンサーにどう説明するんですか。後になって明菜さんを騙していたなんてことになったら、私のクビが飛ぶだけでは済みませんよ。いくら視聴率が欲しいからといって、そんな反社会的なことをテレビ局が出来るはずがない。おまけに騙して生中継なんて怖くてやれない。明菜さんが『騙された』と口にするかもしれない。そうしたら、何もかもがお終いですよ」(皇氏)

 金屏風を用意したのはホテル側だった。明菜の復帰会見だから、めでたい席だと判断し、気を利かせた。これが誤解を招く。

 金屏風以外、婚約会見を匂わせるものは何一つない。近藤も普通のスーツ姿。近藤側と明菜側から取材陣に「婚約会見になる」と説明されていたわけでもない。

「あのころの常識として会見しないと明菜さんは復帰できない。マッチも活動しにくい。だから明菜さんとマッチの関係者が話し合い、記者会見することになった。自殺未遂から半年経ち、姿を現したと思ったら、いきなり婚約会見なんて、おかしいでしょ。あり得ない。明菜さんだって嫌がりますよ」(皇氏)

 会見中、明菜は何度も殊勝に頭を下げた。謝罪の言葉も繰り返し口にした。強要されているようには見えない。疑う向きはYouTube等で当時の映像を確認してほしい。

自殺未遂のワケは

 また、当時の新聞・雑誌記事も片っ端から見たが、「婚約会見のはずだった」というくだりは一切ない。たとえば1990年1月19日号の「フォーカス」(休刊中)は「『明菜マッチ会見』を操った黒幕のソロバン “ミソギ”のための大イベント」と題した特集を組み、詳報しているが、やはり婚約会見という文言はない。2人の復帰のための会見だと強調している。

「新聞と雑誌が忖度した」と思う人もいるかもしれない。けれど写真誌や実話誌は昔も今もジャニーズ事務所や、明菜の当時の所属事務所であった研音への気遣いなどない。それが写真誌と実話誌の生命線だ。

 第一、当時の明菜が騙さないと会見場に引っ張りだせないほど頑なだったら、本人は騙されていると分かった時点で退席するはず。よく考えると、辻褄が合わないことだらけなのだ。

 当時、明菜は自殺未遂の理由をこう説明した。

「私が仕事をしていく上で一番信頼しなきゃいけない人たちを、信頼することが出来なくなってしまった」(明菜)

 近藤との関係がうまくいっていないことが自殺未遂の大きな理由と思われたが、一方で仕事上の悩みを抱えていたのも事実。

 当時の明菜は超売れっ子。カネのなる木には不純な輩も寄って来る。明菜に甘言を並べ、研音から独立させようと目論む人間もいた。明菜が信頼していたスタッフの悪口を吹き込んだ。これによって明菜は人間不信に陥り、やがてトラブルに発展する。

 では、なぜ近藤宅を自殺未遂の場所に選んだのか。明菜はこう説明した。

「自分が一番信頼できたたった1人の人だったので、近藤さんの部屋に行ってしまって。最初に見つけてほしいなと思って」(明菜)

 明菜の孤独を表す。一方で部屋のカギまで渡した近藤の無自覚と無責任も感じさせる。親しい関係にあったのは疑いようがない。

 会見当時の近藤は25歳。明菜の復帰を祝福する通り一遍の言葉は口にしたものの、その翌1990年に控えた芸能生活10周年のアピールのほうが熱心だった。やはり無責任に映った。

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