東京高裁、インサイダーで日興元役員に逆転の賠償命令 前代未聞の“手抜き判決”と言われる理由

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訴因変更指示してまで有罪に持ち込む

 横浜地検にはさらに、立件に向けた大きな障壁が存在した。次成氏自身が、SESCと同地検の任意の事情聴取に、頑として応じようとしなかったのだ。そこで同地検は一計を案じる。吉岡氏と次成氏を逮捕した12年6月25日、次成氏の事業を承継していた息子の大升氏(当時38歳)を、金商法違反の共犯の疑いで逮捕する。次成氏が息子名義の口座も自身の株取引に利用しているというのが、その理由だった。

 そして横浜地検の目論見通り、次成氏はその翌週から態度を一変させる。同地検から追及されたバンテック株だけでなく、バルス株、マスプロ電工株についても、吉岡氏から提供されたインサイダー情報をもとに、知人のF氏に指示して同氏名義の口座で取引したと自供。これを受けて同地検は、大升氏を不起訴処分とした。

「吉岡氏からインサイダー情報を提供されていない金次成氏には無罪の公算もありましたが、ともに逮捕された息子の大升氏を不起訴にするため、罪を自ら認めて有罪判決を受けたのです。逮捕当時、大升氏は代表取締役として、次成氏が一代で築いた金融業、不動産業、産業廃棄物処理業を、すべて引き継いでいました。その大升氏が起訴されて有罪になれば、各社の代取を退かざるを得ず、次成氏が築いた資産がすべて水泡に帰す。こうした事態を恐れる次成氏の恐怖心を、横浜地検は巧みに利用したのだと思います」(佐藤弁護士)

 つまり、3銘柄の取引に関する次成氏の供述は自身の体験に基づいていないため、当然ながら具体性に欠け、変遷も多く、内容を裏付ける的確な証拠がなかった。このため吉岡氏の刑事一審での次成氏の証言内容は、吉岡氏の刑事二審判決で「バンテック株買い付けに関する証言は曖昧」「検察官の誘導により得られた証言も多く、それ自体としてみると信用性は必ずしも高くない」などと疑問符を付けられるほど杜撰なレベルのものだった。

 それにもかかわらず、主犯を次成氏とする訴因変更(起訴状に記載された事実の範囲内で、検事が公判中に該当する罪名を変更・追加すること)を横浜地検に指示し、吉岡氏の罪名に「教唆」を補足的に追加した刑事一審の横浜地裁の判断は、上告審までまかり通った。これに対して民事一審の東京地裁判決は、「次成氏の証言は自身の記憶に基づくものなのか疑問と言わざるを得ず、同氏の証言だけで直ちに本件情報伝達行為があったとは認められない」などとしてその信用性を完全否定し、日興側の損賠請求を棄却したというのが、これまでの経緯なのだ。

民主主義国家の裁判所にあるまじき判決

 上級審が下級審判決を覆した今回の民事裁判で、裁判期日が設定されたのは判決言渡日を含めてわずか3日。もちろん証人尋問は行われず、「この事件が経営に悪影響を及ぼした」と主張する日興側に対し、定塚裁判長が同社の業績に関する資料提出を求めたに過ぎなかった。端から一審判決を覆す気配を示していた同裁判長に対し、吉岡氏側は一審判決に関する審理の機会を求めたものの、同裁判長は敢えてこれを無視。判決では「刑事事件の裁判所の事実認定等の判断について、何らかの疑義を生じさせたり、これらを覆すべきであると判断すべき事情は、毫(ごう)も認められない」などと断定した。48ページにわたって判決理由が詳細に書き込まれた一審判決文に比べると、二審はわずか20ページ。しかも損害賠償請求額に関する部分が12ページ分を占め、吉岡氏を事実上の“無罪”とした一審判決についての言及は何一つ存在しないのだ。佐藤弁護士が呆れ顔でこう話す。

「民事一審判決は綿密な事実調べを行った上で詳細な判決理由を書いているのに、今回の定塚裁判長はそれについて一言も触れていない。一審判決を覆そうにも、その理由を見出すことができなかった同裁判長は、刑事判決が最高裁で確定していることを幸いに、それにただ便乗した。『お上の批判は一切許さない』とする権威主義が支配している、どこかの全体主義国家ならいざ知らず、曲がりなりにも民主主義国家の日本の裁判所でこんな判決が下されるとは、まさに前代未聞の事態です」

 ちなみに定塚裁判長が認めた日興側の損害額は、社債の共同主幹事4社中の1社に決定していた案件が事件の影響により取り消され、見込まれていた引受手数料2500万円が得られなくなったというもの。その6割に当たる1500万円分だけが吉岡氏の負担とされ、事件の調査委員会の費用など、その他の請求額はすべて却下された。不法行為の損賠訴訟では、裁判所が容認した額の1割が弁護士費用として認められ、認容額が1500万円なら150万円を加算して1650万円とされるのが普通だが、同裁判長はこれも認めなかった。何とも不可思議な判決ではある。

デイリー新潮取材班

2021年4月6日掲載

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