東京高裁、インサイダーで日興元役員に逆転の賠償命令 前代未聞の“手抜き判決”と言われる理由

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 2012年6月に起きたSMBC日興証券(旧・日興コーディアル証券)インサイダー取引事件をご記憶だろうか。同社の親会社の三井住友銀行から出向し、執行役員投資銀行本部副本部長(当時)を務めていた吉岡宏芳氏が、横浜市に住む金融業の金次成氏にTOB(株式公開買い付け)などの未公開情報を伝え、物流会社「バンテック」など3社の株式計約6万7000株を購入させたとして、横浜地検に逮捕・起訴された。

 それから2年3カ月後の13年9月、横浜地裁はインサイダー取引「教唆」の罪で吉岡氏に執行猶予付きの有罪判決を言い渡す。同氏は上訴したものの、控訴審の東京高裁は15年9月、上告審の最高裁は17年7月にこれをそれぞれ棄却し、立件から5年を経て同氏の有罪が確定した。

 これを受けて日興側は、吉岡氏に対する損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起した。だが、刑事裁判の証拠類などを改めて精査した同地裁の小川理津子裁判長は20年2月、吉岡氏が次成氏にインサイダー情報を提供した事実はないとして、日興側の敗訴を言い渡す。「事実認定が民事裁判に比べて厳格」とされる刑事裁判の有罪判断を覆し、吉岡氏を事実上の“無罪”とした異例の判断は、司法関係者の間で話題となった。

 ところが、日興側の控訴を受けた東京高裁の定塚誠裁判長は、今年3月25日、1年前の民事一審判決を取り消し、吉岡氏に1500万円の賠償金支払いを命じた(日興側の賠償請求額は約5991万円)。原審である民事一審判決の判断内容には何一つ触れず、刑事裁判の判断だけに依拠して下されたこの判決に、吉岡氏の弁護を担当する佐藤博史弁護士は「47年間の弁護士生活の中で、これほど『まず結論ありき』に徹したひどい判決は初めて」と憤る。吉岡氏側は当然上告するという。

インサイダー取引の存在疑われる証拠が続出

 ではまず、事件の概要について振り返っておこう。吉岡氏とともに逮捕・起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受け入れた前述の金次成氏は、03年4月頃、知人の紹介で銀行員時代の吉岡氏と知り合ったが、その30年以上前から、常時20銘柄前後の株式を取引する“相場のプロ”だった。信用取引を利用して株価の下落局面でも利益を上げる「空売り」や、いわゆる仕手株の売買も手掛け、毎回の取引額は5000万円から1億円にも上った。公判(刑事裁判)一審での次成氏自身の証言によると、同氏は株式を購入する際、外資系投資顧問やスイスのプライベートバンクの関係者、さらには証券会社社員や医師、不動産関係者など数人から情報を得ていたという。

 吉岡氏の供述によると、このインサイダー取引事件で立件対象とされたバンテック株のTOB、インテリア・雑貨小売会社「バルス(現・フランフラン)」株とテレビ用受信アンテナ製造販売会社「マスプロ電工」株のMBO(会社経営陣による自社株買い付け)の場合、SMBC日興の担当者以外にこの情報を知る関係者が相当程度存在していた。この3銘柄の取引で計約3600万円の利益を上げた次成氏には、吉岡氏以外からもインサイダー情報を入手できる可能性が十分あったわけだ。

 また、次成氏の供述によると、吉岡氏が日興に出向した09年10月から、同社に証券取引等監視委員会(SESC)の強制調査が入る11年9月末までの2年間、次成氏が購入または購入を検討した46銘柄のうち37銘柄は、吉岡氏からTOBやMBOの情報を提供されたものだったという。だが、その37銘柄のうち17銘柄は実際に購入しておらず、購入した20銘柄のうち5銘柄に損失が発生していた。通常のインサイダー取引事件ではおよそ考えられない、不可思議な事態なのだ。

 しかもこの事件で立件された3銘柄の取引に関して、吉岡氏と次成氏との間で利益の分配に関する事前の約束がなされておらず、次成氏がこの取引で得た利益は1円たりとも吉岡氏に分配されていなかった。SESCの告発を受理した横浜地検が、2人をインサイダー取引の共謀共同正犯に問うことは、極めて困難だった。

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