被災地にも優しい「俺の家の話」、クドカンがドラマで描きたかったことは?

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 1月期の連続ドラマは秀作が多い。長瀬智也(42)が主演し、クドカンこと宮藤官九郎(50)が脚本を書くTBSのホームドラマ「俺の家の話」(金曜午後10時)もそう。長瀬のラストドラマとされているが、それに相応しい作品になっている。

 視聴率が悪いと誤解している向きもあるようだが、録画視聴も合わせた最新の世帯総合視聴率は17・1%で、1月期の連ドラで3位。ちなみに1位は「天国と地獄~サイコな2人~」(TBS)の23・2%、2位は「オー!マイ・ボス!恋は別冊で」(同)の20・3%という順だ(2月15日~21日、ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

 第5話では、長瀬が扮する観山寿一と妹で塾講師の舞(江口のりこ、40)、弟で弁護士の踊介(永山絢斗、32)が家族旅行について話し合っていたところ、父親で二十七世観山流宗家の寿三郎(西田敏行、73)がいきなり現れ、「スパリゾートハワイアンズなら行ってもいいよ」と口にする。

 25年前に行った最後の家族旅行先が本物のハワイだったから、不自然さを感じさせない展開だったが、福島県の人たちは感慨深かったはず。実際、SNS上には「ありがとう」などと感謝の言葉が並んだ。

 福島県も甚大な被害を受けた東日本大震災から10年。ハワイアンズのあるいわき市は津波などによって468人が犠牲になり、原発事故によって多くの市民が避難を強いられた。

 西田は同県郡山市の出身。愛郷の人として知られる。震災から1カ月後の2011年4月には同市のスーパーに行き、県産の野菜や果物を次から次へと食べ、原発事故の影響はないことを懸命にアピールし、そして「美しい福島を汚したのは誰だ!」と声を荒らげた。

 長瀬にとっても同県は約束の地だ。震災後、TOKIOのメンバーたちと県の農林水産物応援企画「ふくしまプライド。」のCM、ポスターに登場してきた。すべてノーギャラである。

 昨年7月、長瀬が21年3月いっぱいでジャニーズ事務所を退所することが発表されると、内堀雅雄知事(56)が「風評に苦しむ福島を全力で応援していただいた。心から感謝している」と特別に感謝の意を表した。

 一方、クドカンは震災で最大震度7を記録した宮城県栗原市の出身。長瀬と西田、そしてクドカンが組むのだから、震災から10年になるのに合わせ、何か行うのは間違いないと見られていたが、実に温かくスマートなやり方だった。

 第6話で家族そろってハワイアンズへ。現地でムード歌謡グループ「潤沢」のリーダー・たかっし(阿部サダヲ、50)と知り合い、寿一と踊介、異母兄弟の寿限無(桐谷健太、41)が一緒にステージで歌った。

 抱腹絶倒だった。リアリティーを追い求める視聴者は鼻白むかも知れないが、ホームドラマ黄金時代の昭和期を思い起こさせる愉快な展開だった。西田は「マイ・ウェイ」をソロで熱唱。もとから抜群にうまい人であるものの、圧巻だった。

 第6話は終始明るく終了。この間、ハワイアンズの売り物であるウォーターパークの大プールやスライダーなど舘内施設が自然な形で映された。岩風呂の存在も知らしめられた。これが3人による応援だったのだろう。また、福島の現在の一部が全国に伝わった。

 阿武隈山脈など美しい風景も映された。反面、震災色や復興色は一切なかった。震災と復興を真っ正面から描いたフジテレビ系「その女、ジルバ」、同「監察医 朝顔」とは違った。これがクドカン流なのだろう。自らも被災地に生まれ、何度も現地に入っているクドカンは、現実の過酷さはドラマでは描けないと考えたのではないか。

 やはりクドカンが書いたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年度前期)も震災当日のシーンはジオラマが使われた。クドカンがそうすることを主張した。

 水の映像や泣き叫ぶ人たちの姿は一切なかった。これも熾烈な震災の現実は当人たちにしか分かり得ないと考えたからである気がする。どんな描き方が正しいのかは誰にも分からないが、脚本家によって考え方は違うのは確かだ。

 クドカンの脚本の面白さは当代屈指。ゲラゲラと笑わせてくれる。それより際立つのはやさしさと人間を見る目の確かさだ。

 第5話。寿一と舞、踊介は25年前の家族旅行の写真を見ながら、再びみんなで旅行に行くかどうか迷っていた。寿三郎の体調が思わしくないからだ。

 すると介護支援要員の末広涼一が口を挟む。演じているのは荒川良々(47)で、劇団「大人計画」でクドカンの盟友である。

「行くべきだと思いますよ。確かにリスクはある。無理させるんじゃなかったと後悔するケースもなくはない。でも、あの時、連れて行ってあげればと後悔するケースも同じくらいある」

 この言葉を受けて寿一は「後悔するくらいなら思い出が残ったほうが得ですよね」と言い、3人は家族旅行を決めた。

 大切な人が他界した経験のある人なら誰もが思い知らされたはずだが、確かに残るのは思い出だけ。物はほとんど意味がない。当たり前の話なのだが、思い出が貴重であることを指摘してくれるドラマはこのところない。

 第7話では寿一と、離婚した前妻のユカ(平岩紙、41)が、一人息子の秀生(羽村仁成、13)の親権をどちらが持つかで争っていた。秀生は寿三郎から能楽師として将来性があると評されているが、ユカとその再婚相手の早川(前原滉、28)は譲らない。泥仕合になった。

 早川が出席した小学校の授業参観で、秀生は早川をテーマにした作文を読む。秀生は早川を継父として受け入れたように見えた。

 ところが、読み終えた途端、学習障害と多動症の兆候があると診断されている秀生は、教室内を走り回り始めた。早川を継父と認める作文を読むのが苦痛だったらしい。作文は寿一をテーマにしたものも用意されていた。

 両親の離婚で一番辛いのは子供。それは誰でも知っているはずだが、言葉を用いずに表現できてしまうのはクドカンならではだ。

 寿三郎の遺産相続問題や介護、認知症などシビアな話も織り込まれているものの、それでいて作風が全く重たくならないのもクドカンのうまさ。ギャグとのバランスが絶妙だ。

 そもそも、このドラマのテーマは遺産相続や介護ではない。TBS側は「濃すぎる家族が織りなす王道のホームドラマ」と謳っている。事実、遺産相続に関するセリフを追ってみると、事実に沿っていないところがある。

 では、クドカンが何を描こうとしているかというと、王道のホームドラマなのだから、親子愛、家族愛にほかならない。

 終盤での大きなポイントがもう1つ。クドカンがこの作品限りで役者を引退するという長瀬に、どう花道を飾らせるかだ。

 2人は同じTBSの「池袋ウエストゲートパーク」(2000年)で出会った。クドカンの出世作で、長瀬の役者としての評価も固まった作品である。プロデューサーも磯山晶さん(53)で一緒。何もないとは考えにくい。

 既に「池袋――」のパロディはあった。第4話でのことだ。舞の息子の大州(道枝駿佑、18)が能の稽古に来ないため、寿一が出向いた先が池袋西口公園。「池袋――」で事件が起こる時の曲がBGMとして流れた。

 寿一は鎖を持っており、理由を「万が一、カラーギャングに囲まれたら、お前のこと守りきれないなと思って」と説明。大州は「何年前の話だよ」とあきれた。

 終盤にはもっと大仕掛けがあるのではないか。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月12日掲載

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