【福島第1原発事故から10年】飯舘村:「地域喪失」からの開墾(下)

国際 2021年03月10日

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“復興のシンボル”として「箱もの」が急ピッチで造られてきた。その国主導のスピード感は、皮肉にも住民から話し合いの時間と忍耐を奪っていった。そして、ようやく探り当てた新たな原点――。                   

 区長を引き受けてほしいと話があったのは、義人さんが帰還して翌18年。2人暮らしの妻久子さんが避難中に脳出血で倒れ、その後も妻を支えながらの開墾生活となり、「しばらく公務優先とはいかない。できれば勘弁してほしい」と辞退した。が、2年しか猶予を得られずに選ばれ、重い役職とともに地域の現実に関わることになった。...

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