「青天を衝け」、埼玉県北部と群馬県南部の人々を喜ばせた“武州ことば”って?

エンタメ 芸能 2021年2月21日掲載

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 いよいよスタートしたNHK大河ドラマ「青天を衝け」。モデルは日本資本主義の父、渋沢栄一(1840~1931)だ。幕末から昭和初期までの生涯であるから、近代をテーマにした大河は視聴率が取れないと心配する声もあった。ところが、フタを開ければ、14日の初回視聴率は20・0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯)を記録。8年ぶりの大台スタートとなった。特に地元の埼玉県北部では大盛り上がりで、隣接する群馬県南部とともに、お国言葉の武州弁が絶賛されている。

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 まずはドラマを見た視聴者がSNSに上げた声である。

〈青天、OPクレジットに武州弁指導ってあってふーん武州弁ねぇ…?と思ってたらめちゃくちゃ聞き慣れた言葉遣いでしたね〉

〈大河の『青天を衝け』の武州弁が心地よい。爺さん婆さん世代は皆こんな感じだった。ちっとんべぇで懐かしくて泣きそうになる。〉

〈役者さんたちが武州弁をどれだけこなすか?注目だな!〉

 やはり、渋沢の生まれ故郷である埼玉県深谷市、もしくはその周辺で関わりのある方の声が多いようだ。群馬県で発行されている「上毛新聞」(2月20日付)には、同県在住の男性(63)からの投稿が掲載された。

〈……明治以降の大河にはあまり興味がないから、今回の「青天を衝け」は遠慮しょうと思っていた。/最初の10分ほど見て驚いた。幼少期の渋沢栄一は群馬方言の横綱「べえべえことば」を使っている。渋沢の出身地である深谷市は埼玉県北部。この地域の言葉は武州弁とも埼玉弁とも呼ばれるが、大きくは西関東方言に分類され、上州弁と同じ系統に分類される。(中略)描かれている周辺の風景、登場人物の言葉や振る舞いはまるで群馬のすぐそこで展開しているようだった。前言は撤回して、一年間視聴しよう。〉 

 地方が舞台のドラマで、セリフに方言が使われることは当たり前のこと。なぜここまで盛り上がっているのか。埼玉県北部出身の50代男性は言う。

舞台になった経験が少ない

「他の地方はともかく、埼玉がドラマの舞台になることは滅多になく、ましてやメジャーな作品で武州弁が使われたという記憶もありません。埼玉が舞台となった映画は、古くは吉永小百合さん主演の『キューポラのある街』(62年・川口市)がありますが、その後話題になったといえば19年の『翔んで埼玉』くらいで、武州弁はほとんど出ない。薩長政府軍と民衆が戦った秩父事件を題材にした映画『草の乱』(04年)は方言を使っていましたが、メインは秩父弁だったのでちょっと違う。テレビドラマでは、『水戸黄門』(TBS)が県内のどこかに寄る程度。NHKの朝ドラだって全都道府県で最後に舞台となったのが埼玉(09年の第80作『つばさ』)でした。大河ドラマ『春日局』(89年)では、川越の喜多院に移築された“春日局化粧の間”が注目されましたが、本筋とはあまり関係がありませんからね」

「翔んで埼玉」では、埼玉は相当ディスられていたが……。

「それでも無視されるよりはマシです。あの映画を最も見たのは埼玉県民でしたからね。ましてや、今回は大河ドラマで、本当に舞台として取り上げられており、県北独特の言葉が使われているというのは、私たちにとっては未知のことです。全国放送のテレビから自分たちの言葉が流れてくるという、初めての経験に戸惑いと喜びを感じています」

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