デービッド・アトキンソン「中小企業は消えるしかない」論に異議あり

国際 Foresight 2021年1月25日掲載

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 元金融アナリストで「小西美術工藝社」社長を務め、菅義偉政権が新設した有識者会議「成長戦略会議」のメンバーであるデービッド・アトキンソン氏の、

「大きくなれない中小企業は消えてもらうしかない」

 との発言が物議をかもしている。

 本当に中小企業が日本の成長性向上の阻害要因になっているのだろうか。

 今回の議論の“振り出し”は、2019年9月に出版されたアトキンソン氏の『国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか』(講談社)からだ。この中で同氏は、中小企業数が激増したことが日本の生産性低迷につながっていると主張した。

 菅首相は、安倍晋三前首相と近い関係にあった同氏と官房長官時代から親交があり、度々、意見交換を行っていた。2013年からビザ(査証)発給要件を緩和し、対象国を次々と増やしたことで訪日外国人を激増させた「観光立国政策」も、アトキンソン氏の助言と言われる。

 そうした関係から菅首相は就任直後の2020年9月中旬、梶山弘志経済産業相に対して、「中小企業基本法」の見直しによる中小企業の再編を促す仕組み作りを指示した。

 そして、同氏は10月16日に開催された「成長戦略会議」のメンバーに選ばれる。同会議には、竹中平蔵・パソナグループ会長、国際政治学者の三浦瑠麗氏など安倍前首相に近かった人物とともに、“友達枠”として選ばれたと言われている。

 この成長戦略会議でもアトキンソン氏は、

「大企業の生産性が次第に向上している一方、中小企業の生産性は長年低迷しており、成長や再編によって大きくなれない中小企業は消えてもらうしかない」

 との主張を繰り返している。

 中小企業の問題点などは別の機会に稿を改めるとして、本稿ではまず、アトキンソン氏の主張をまとめ、その矛盾点、明らかな問題点を指摘したい。

中小企業はGDPを下げてはいない

 まず、同氏は前述の著書の中で、

「1990年に世界9位であった日本の1人当たりGDP(国内総生産)が2018年には世界第28位に大きく順位を下げたのは、中小企業による。中小企業数が多すぎることが問題」

 と指摘している。

 その上で、中小企業が多すぎる要因としてあげているのが、1963年の中小企業基本法制定であり、同法が「自立支援型」に改正される1999年までの36年間にあるとしている。

 同氏は生産性=企業活動で生じる付加価値=1人当たりGDPとし、生産性の低下のたとえとして1990年と2018年の1人当たりGDPの世界ランキングを比較しているのだが、何故か、中小企業の増加に使われているデータは1963~1999年なのだ。

 つまり、1999年までに増加した中小企業数が、2018年の1人当たりGDPの低下を引き起こしている、という論法になっている。

 そこで、中小企業数の推移と、1人当たりGDPの世界ランキングの推移を調べてみた。

 すると、確かに1963年から1975年までの間に中小企業は急激に増加し、その後1996年まで500万社台で推移、1999年から減少しはじめ、現在でも減少が続いている。

 一方で、1人当たりGDPの世界ランキングは1981年の22位から1986年に9位に跳ね上がり、その後、1991~2001年まで3~5位にあったが、2004年には14位に低下している。(表1)

 つまり、中小企業数が増加するとともに、1人当たりGDPの世界ランキングが上昇し、中小企業数が減少するとともに、ランキングが低下していることがわかる。

 従って、同氏の主張する「中小企業数の増加によってランキングが低下した」という論法は、明らかな“誤り”なのである。

 では、同氏の主張するように、中小企業が多いことが本当に生産性向上の阻害要因になっているのだろうか。

 そこで、中小企業数の推移と1人当たりGDPの推移を見ると、確かに1986年をピークとした1996年までの中小企業数の減少過程では、1人当たりGDPは急激に増加している。しかし、その後も続いている中小企業数の減少の中では、1人当たりGDPは横ばい圏の動きを続けている。(表2)

 では、1人当たりGDPの動きと、その世界ランキングの推移ではどうか。

 1981年から1996年の間、1人当たりGDP上昇とともに、世界ランキングも上昇して、91~96年は3~5位にあったが、その後、1人当たりGDPが横ばい圏の動きとなると、ランキングは低下した。(表3)

 これは、日本の1人当たりGDPの上昇が緩やかになった半面、他国は堅調に1人当たりGDPが上昇したことで、ランキングが低下したことを示している。この点、日本の1人当たりGDPの上昇が緩やかになった原因が、「中小企業における1人当たりGDPが上昇しないこと」にあるのだとすれば、その意味ではアトキンソン氏の主張にも“一理ある”かもしれない。

「大企業が増えない」は中小企業のせいか

 同氏は中小企業の生産性が向上しない理由について、企業規模が小さいと成長余地が少なく、最低賃金の引き上げができないため、

「事業拡大意欲のない中小企業が増え、賃金水準の高い大企業が増えないことが最大の原因」

 と指摘している。

 さらに、その背景には経産省が進める中小企業保護政策があり、保護政策を撤廃することで中小企業が統廃合され、企業規模が大きくなり、生産性向上が実現できると提言している。

 だが、日本のように企業の規模別賃金格差が大きい場合、大企業では付加価値の低い仕事を賃金の安い中小企業に外注し、雇用者数を制限することで高い賃金を維持している。これは、多くの製造業が賃金の安い新興国などに生産を外注し、あるいは生産工場を移転していることでも明らかだ。

 つまり、大企業がコストの安い中小企業を選別して仕事を外注するという産業構造こそが、「中小企業の賃金が引き上げられない」大きな要因となっているのである。

 2019年の労働分配率(利益=粗利=をどれだけ社員に分配=人件費=しているかの割合)をみると、大企業が56.7%であるのに対し、中小企業は72.9%と高い。中小企業では少ない利益の多くが人件費に使われているという現実がある。

 すなわち、同氏の「大企業が増えないこと(=大企業の労働者数が増加しないこと)」の原因が中小企業にあるという指摘は、間違っているのだ。

 新型コロナウイルスの感染が拡大し、経済活動に支障をきたす以前は、日本の雇用は“人手不足”の状況だったが、大企業では十分な人材が確保でき、人手不足が顕著だったのは中小企業だった。

 確かに、近年では統計でも中小企業の従業員数が減少しており、大企業の従業員数が増加している。しかし、これは中小企業から大企業に人が流動化しているのではなく、単に新卒などのほとんどが大企業に就職し、中小企業には回ってこない一方で、中小企業では高齢化による従業員の減少と、廃業が増加していることの表れだ。これは中小企業数が減少の一途を辿っていることでも明らかだ。

 では、同氏が主張するように、中小企業は統合すれば規模が大きくなり、生産性が上がり、業績が上昇するのだろうか。

 実際には、多くの中小企業は得意の分野、ニッチな分野でその才能を発揮している。従って、経営統合を行ったからといって簡単にシナジー効果が生まれるほど単純ではない。むしろ、統合に伴う合理化コスト、リスクの方が経営にダメージを与える可能性がある。

「統廃合」ではなく「活用、成長」を

 また同氏は、

「中小企業の多さが日本の輸出成長に影響している」

 と分析している。

 しかし、高度成長期を通じて日本の輸出拡大を支えてきたのは、前述のように低コストで製品を作ってきた中小企業であり、それが大企業の輸出拡大に大きく貢献したのは明らかだ。

 中小企業の数だけが日本の輸出低迷の阻害要因だとするのは、あまりにも一面的な見方でしかない。

 むしろ、日本の生産性向上(特に中小企業では)が進まない大きな要因の1つは、情報通信技術への対応の遅れにあったのではないか。情報通信技術の急激な進展は、日本企業の競争優位性を相対的に低下させた。これが生産性低迷に結び付いている。

 たとえば、インターネットの発達は商品価格の比較を容易にし、販売方法を劇的に変えた。ネット通販が台頭し、百貨店の売上は低迷した。情報がリアルタイムでネットから入手できるようになったことで、新聞や雑誌、書籍の販売も減少している。情報通信技術の発達により、既存産業の付加価値が低下している。

 確かに、情報通信技術の急激な発達に対応できずにいる中小企業は多い。しかし、それが中小企業の持つ技術や能力を否定する理由にはならない。

 日本の中小企業は約358万社、企業全体の99.7%を占める。雇用者の約7割に当たる約3200万人が中小企業で働き、生計を立てている。中小企業をむやみに統廃合するような議論ではなく、中小企業を活用、成長させることこそ、日本経済の成長につながると考えるべきだろう。

鷲尾香一
金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。