基幹病院で医療崩壊の真相 勤務医たちから聞こえてくる医師会への本音

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 政府は1月7日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、東京・神奈川・埼玉・千葉の1都3県に緊急事態宣言を発令した。昨年春以来、2度目の宣言となる。期間は1カ月程度を想定しているが、その解除にはステージ4(※注)からの脱却が条件である。

(※注)政府の新型コロナ対策分科会は「爆発的な感染拡大及び深刻な医療提供体制の機能不全を避けるための対応が必要な段階」と定義している。

 昨年4月から5月にかけての緊急事態宣言時は、人と人との接触を「最低でも7割減らす」ことが求められ、広く社会的活動に規制がかけられた。一方、今回の主要な対策は「1都3県で飲食店の営業が午後8時まで、酒類の提供は午後7時まで」であるとされていることから、「ただの『飲み会禁止令』に過ぎない」と揶揄する声が早くも出ている。

 政府は5日、新型コロナウイルスウイルスへの対応を定める特別措置法改正案の論点を与野党に示した。営業時間を短縮した店舗への財政支援を明記し、自粛要請に応じない事業者への罰則を新設する案だが、はたして実効性が上がるのだろうか。

 筆者は感染症の専門家ではないが、呼吸器感染症は冬場の低温・乾燥状態の下では、人の往来を制限しても感染拡大の抑止は難しいのではないかと考えている。ウイルスが感染力を持つ時間が夏場に比べて格段に長くなる一方、鼻やのどにあって侵入したウイルスなどの異物を外に出す働きをしている「線毛」の働きが弱くなると言われているからである。

 仮に対策を強化したとしても、春になるまでは新規感染者数が高止まりする状態が続く可能性がある。日本では「3密防止」の観点から、一般の国民は「行動変容」を迫られ、これになんとか対応してきた。しかし、増加したとは言え、欧米諸国に比べて感染者、死者数とも格段に少ない状況が続いているにもかかわらず、「医療崩壊」を防止するために社会・経済活動を再び大幅に制限しなければならない事態に追い込まれている。過去半世紀にわたり日本は甚大なパンデミック被害を受けなかったことから、「日本は感染症対策が盤石である」との神話が成立していたが、その神話がもろくも崩壊しつつある。

「打つ手」は残っていないのだろうか。

 日本ではあまり知られていないが、世界の安全保障政策の分野では近年「非伝統的安全保障」という概念に注目が集まるようになっている。国の領土や政治的独立に対する軍事的脅威に対して軍事力を用いて対抗する伝統的な安全保障に対して、非伝統的安全保障は、気候変動・テロリズム・貧困・金融危機・感染症などの非軍事的な脅威に対して政治・経済・社会的側面から対処することによって、国の平和と安定を確保するというものである。新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界各国で感染症への対処が国家危機管理の最優先事項となっているが、「戦場」における主要なプレーヤーが医療機関であることは言うまでもない。

有事に脆弱な日本の医療体制

「医療崩壊が起きる」と連日報じられているが、現場の医療関係者からは「『せっかくコロナに対応してくれている数少ない基幹病院で医療崩壊が起きる』が正確な表現ではないか」との声が上がり始めている(2020年12月30日付ニューズウイーク)。

 厚生労働省によれば、全医療機関のうち新型コロナ患者の受け入れ実績があるのは全医療機関の18%、受け入れ可能医療機関も23%にとどまっている(2020年10月時点)。全体の8割を占める民間病院のコロナ患者受け入れが1割にとどまっている(2020年12月28日付日本経済新聞)ことが主な要因である。

 最前線で治療に当たっている自治医科大学付属さいたま医療センターの讃井將満氏は「日本では私立・中小の病院が非常に多く、パワーが分散されてしまっている。医療が逼迫した際に医療従事者を都道府県をまたいで移動させる仕組みも存在しない。行政もこの構造的な問題をわかっていたはずである。有事になった場合はこれをガラッと変えられるような仕組み作りを準備しておくべきだった」と指摘している(1月7日付ABEMATIMES)。

 戦後日本は、国民への医療提供を民間の開業医に頼ったという経緯から、現在でも海外と比較して開業医の比率が高く、医師や設備などの医療資源が分散している。しかし今回のような非常時には開業医ができることはほとんどなく、病院の勤務医のみが対応せざるを得ない。開業医の意向に沿って活動を指摘してきた側面が強い医師会に対して、勤務医からは「トップがメデイアに登場して勇ましい言葉を述べているが、この半年の間に医師会がコロナ対応ができる病院の拡大に尽力したのだろうか」との声が漏れてくる。

 平時には最適化だが、有事に脆弱な日本の医療体制を、本来なら感染が落ち着いていた時期にメスを入れておくべきだったのである。

 政府は今回の緊急事態宣言を発令する際に、「重症者を受け入れる1病床につき約2000万円を補助する」ことを表明したが、「コロナ患者受け入れによる病院経営全体への悪影響を考えると『二の足』を踏む病院経営者が多いのではないか」との指摘がある。分科会の尾身茂会長が「皆が一体感を持って取り組もう」と呼びかけているが、誤解を恐れずに言えば、日本で最も「行動変容」をしていないのが医療機関なのである。

 お金ではなく、行政が必要に応じて医療資源を有効利用できることが問題の本質なのだが、現行法上、都道府県知事は個別の病院に対して特定の医療行為を行わせる権限はない。しかし有事において「法律がないから行政によるコントロールは困難である」という言い訳は通用しない。「政府のコロナ失政は戦前の日本と同じだ」との論調が出ているが、失敗の本質は「『必要なところに資源を投入し、長期戦に備える』というロジステックス(兵站)の発想の欠如にあった」と筆者は考えている。

 政府は日本の医療体制が抱える問題を明らかにすることで国民的なコンセンサスを得ながら、医師会とともに「パンデミックという有事に対応できる強靱な医療体制」を一刻も早く構築すべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

週刊新潮WEB取材班編集

2021年1月9日掲載

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