「個人の能力を重視しない米軍」 元特殊部隊員が語る自衛隊の組織系統とマネジメント術

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間違えた部下を責めてはいけない

伊藤 だから、私も特殊部隊ではそういう習慣がつくように普段から接していました。通常は、「何々せよ」といったアクションオーダーしか出さないんです。理由や目的については語りません。もちろん、本番の時には「○○のために、何々せよ」と目的をつけて命令を出しますが、誤解や説明が足りない状況というのは必ず起こりうるので、普段から、任務分析を習慣化しておくんです。本の中でも主人公の部下の隊員の「任務分析」がひとつのカギになっています。作中では、誤判断することで大変な事態を招くわけですが……。

成毛 失敗の実践も学べる本ですね(笑)。これは企業現場で、上司がどういうふうに部下を叱咤激励して育成するかと同じことですね。そうした視点で読んでもこの本は参考になることがたくさんありますね。

伊藤 重要なのは、任務分析して誤った判断をしても、それを責めないことです。「箒を持ってこいと言ったのに、何で掃除機なんだ」」と言ってはいけないのです。それを言ってしまうと、言われた方は二度と任務分析をしなくなり、言われた通りに箒しか持ってこない人間になってしまいます。間違えることより任務分析しない方が大きな問題なんです。ですから、誤判断をしたときにどう指導するのかはとてつもなく気を遣います。

柳瀬 まさにコーチングの世界に通じるところがありますよね。目的に対して答えを言わずに手段を考えさせる。

隣で見たビル・ゲイツのマネジメント

成毛 僕はマイクロソフト時代にビル・ゲイツと約20年上下関係にありましたが、彼がまさにそうでしたね。ビルは「あれやれ、これやれ」と具体的なことは言いません。経営トップとして大量の資料を見るんですが、見るのは数字だけなんです。ファクトだけ全部見て、部下に徹底的に質問をしていく。そして、部下が「ああそうか」と問題に自ら気づくまで質問し続けるタイプの人でした。まさに部下に任務分析させていたわけです。記憶力がとんでもない人なので、質問攻めの迫力たるや……。

柳瀬 怖すぎますね、ビル・ゲイツに任務分析させられるのは。

成毛 この本を読んで、そんな昔を思い出しました。どのような組織でもきちんと統べる人というのは、こういった方法を身に付けているのだとつくづく思いました。

伊藤 おそらくビル・ゲイツさんは人の思考の「癖」を読めるんですね。「どうしてこういうふうに判断したんだ」と質問し続けることで思考の癖を見抜くわけです。

 例えば報告書でも、報告を受ける上司に何かしらのイメージを与えたいという、書く人の感情や欲望はどうしても入ってしまいます。だから私たちは、現場を見て、その人が書いた報告書を読んで、その差をみて、この人はこういう報告の仕方をするんだなと報告者の癖を理解します。これを私たちの世界では「リテリング」と呼んでいます。例えば「調子はどうですか」と聞くと、必ず「絶好調」という人がいますよね。あれは頭が悪いわけでも、本当に常に絶好調なわけでもなく、そういう癖なんです。

 反対に、「体調、どう?」と聞くと「ちょっとお腹痛くて……」「頭痛がおさまらない」と常に弱気な発言する人もいます。そういう人はどういうときにどう聞こうが、常に弱気なんです。そういう癖を見抜くのがリテリングです。ビル・ゲイツさんは質問することで、この人の「リテリング」の傾向を理解して、割り引いて見た方がいいとか、もう少し強気に考えていいとか判断していたと思います。

陸自のカルチャーを海自に

柳瀬 海自は命令系統がはっきりしている一方で、陸自は現場判断の任務分析をするという、対照的な文化の違いを伺いました。ただ、伊藤さんは海自です。海自に入られた伊藤さんが特殊部隊に陸自の文化を植え付けたわけですが、どうしてそれができたんですか。

伊藤 必要性にかられたから、これに尽きますね。特殊部隊は戦闘が始まると、各自バラバラになり個の戦いになります。そこでは、陸自の文化が合理的なんです。ただ、創設の初期の頃はみんながみんな、私に逐一報告してくるし、何をすればいいか逐次聞いてきました。当たり前です、全員が海自文化の中で育ってきたんですから。   

柳瀬 最初はやはり、そうだったんですね。

伊藤 時間の経過とともに彼らもわかってくるんです。私の人間性を理解して、私がここにいたらどういうふうに命令を変更するだろうか、という視点で考えるようになっていきました。

柳瀬 伊藤さん自身はどこで学んだんですか

伊藤 学んだというか、急に特殊部隊を作れということになって暗中模索でしたから、必死でして気付かざるを得なかったんです。「007」の映画は参考になるぞなんて上司が言ってきたような状態ですよ。調べて考えて、必死でした。こっちの方がやりやすいかな、目的に合致しているかな、と、実際に陸自の人に聞いたこともありますし、一緒に訓練もさせてもらいましたし。

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