バイデン政権「党内バランス」「共和党対策」で綱渡りの危うさ

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 12月14日、米大統領を正式に選出する選挙人による投票が行われ、民主党のジョー・バイデン前副大統領が当選に必要な選挙人の過半数を上回る306人を獲得し、次期大統領に確定した。

 ドナルド・トランプ大統領は引き続き敗北宣言をしていないが、翌15日、共和党の指導者ミッチ・マコネル上院院内総務は、党派は違うが長らく上院議員として職責を共にしてきたバイデン氏に祝福を贈った。

 バイデン政権にとっては、選挙人投票で勝利したことで1つの山を越えたことになる。トランプ大統領は投票に不正があったとして、接戦州における共和党の選挙人に、12月14日の投票日にバイデン氏に投票しないように圧力をかけてきたからだ。

 しかしひと山越えたことで、別の問題が浮上してくる。これまで、トランプ大統領との激しい選挙で共闘し、バイデン勝利を否定してきた共和党に対して怒りを共有してきた民主党内の中道派と左派が、共通の敵を失うからだ。

 これは政権人事にも反映するだろう。

 しかも民主党上院は、来年1月5日のジョージア州での上院の2つの決選投票で、運よく2議席で勝利してもかろうじて50対50となり、上院議長役のカマラ・ハリス次期副大統領の1票差だけという薄氷の過半数であり、むしろ過半数を得られない可能性のほうが高い。

 政権人事、特に議会の承認が必要な職については、共和党議会が拒絶するような人物は承認されないが、一方で、共和党が納得する中道の人物ばかりでは、バイデン当選に協力した党内左派(進歩派)が納得しない。

大統領権限での独断か

 経済チームでいえば、ジャネット・イエレン元連邦準備制度理事会(FRB)議長を財務長官に指名した人事は、共和党議会と市場の容認と、格差解消を重視する党内左派への配慮の双方に目配りをした絶妙な人事だった。

 イエレン氏は、ジェローム・パウエル現FRB議長の前任で、オバマ政権からトランプ政権まで好調な経済を維持し、市場と共和党の信任を受けている上に、左派からは労働経済学の専門家として経済格差解消に熱心な人物として期待されている。イエレン氏は指名後の記者会見で、コロナの影響に対して「緊急に動くことが肝要だ」と発言しただけでなく、人種や性別による賃金、住宅、雇用機会の格差など「より深い構造問題を改善する義務がある」と述べた。

 大統領経済諮問委員会(CEA)委員長にも、プリンストン大学の労働経済学者で教育格差解消を重視するセシリア・ラウズ氏を起用し、ホワイトハウスの要職である行政管理予算局(OMB)局長に進歩派(プログレッシブ)のシンクタンク「アメリカ進歩センター」所長のニーラ・タンデン氏を起用した。

 一方で、ウォールストリート(金融業界)の実務派も採用している。

 たとえば、ホワイトハウスの経済政策のトップとなる米国家経済会議(NEC)議長に、オバマ政権のNEC副議長だったブライアン・ディーズ氏が指名された。彼は、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」の交渉に携わった経験もあり、環境関連投資を柱とした経済政策が期待されている一方で、資産運用大手「ブラックロック」の幹部を務めており、左派からはウォールストリート寄りとみなされる人物だ。

 また、イエレン氏の右腕となる財務副長官にも、ブラックロックの幹部だったウォーリー・アデエモ氏の起用が発表されたため、左派からの懸念はある。

 バイデン氏は経済チームについて、左派が期待する格差解消の方向性を示している。たとえば、大統領選挙中に公言し、ハリス次期副大統領も強く推す連邦最低賃金の引き上げだ。

 具体的には、最低賃金を現在の時給7.25ドルから15ドルに引き上げることで、所得格差の解消に効果が期待されている。ただし、議会上院で民主党が法案可決に必要な過半数を占めることができなければ、立法措置は難しい。そのため、「最初の100日」といわれる政権就任直後に大統領権限によって実現させるべきだ、という左派からの圧力が高まっている。

 しかし、議会共和党を敵にまわせば、現在、議会で難航しているコロナ対策の追加支出をはじめ、インフラ投資などの経済対策は進まない。保守州のウェストバージニアから選出されているジョー・マンチン上院議員などの民主党中道派の議員が共和党穏健派との仲介を行っており、左派の意向に寄りすぎると、議会の中道派の面子を潰し、超党派協力の機会を失うというリスクがある。バイデン氏の強みは、マコネル上院院内総務を筆頭に長年築き上げてきた共和党議会との人間関係であり、それをみすみす失うようなリスクはとれないだろう。

 バイデン政権の経済政策は、議会共和党との協力か、急進左派が求める大統領権限での独断か、という選択で揺れることになろう。

政治家としてのスタンス

 外交・安全保障チームも、党内左派と共和党議会との間での駆け引きを反映する人事が続いている。

 バイデン氏は、次期国家安全保障担当大統領補佐官に、ジェイク・サリバンという副大統領時代の国家安全保障担当補佐官を、国務長官に、アントニー・ブリンケン元国務副長官という長年の側近を配した。バイデン氏は37年間、上院外交委員会に所属し、外交委員長も幾度か経験しており、外交・安全保障政策は自家薬籠中のものであり、彼にとっては自らの意図を理解する腹心を配することこそ最重要課題だった。

 想定外の人事は、ロイド・オースティン元米中央軍司令官の国防長官への指名だ。

 第1の本命候補ミシェル・フロノイ元国防次官(政策担当)と第2の候補ジェイ・ジョンソン元国土安全保障長官を飛び越えての指名は、オースティン氏が軍籍を離脱してから4年しか経過していないこともあり、様々な波紋を呼んでいる。

 米国の規定では、シビリアンコントロールを確保するために、国防長官はシビリアン(非軍人)でなくてはならず、軍に所属していた者は、退役後7年経過していなくてはならない。これまでの議会が投票によって例外措置を与えた例は、1950年のジョージ・マーシャルと2017年のトランプ政権のジェイムズ・マティスの2人だけである。

 左派からの批判は、これまでトランプ政権が軍人を多数起用し、マイケル・フリン元国家安全保障問題担当大統領補佐官がロシアゲート疑惑捜査に絡んで有罪になるなど、問題を引き起こしているのに、なぜ例外規定を適用してまで軍人を起用するのか、という点だ。

 一方、共和党保守派からの批判は、オースティン氏の軍人としての経歴は、国防総省という巨大組織を動かすだけの議会や市民社会とのコミュニケーションや、中国が米国の安全保障のライバルに浮上している中でアジアでの勤務による知見がない、という経験と実力の欠如である。しかも、バイデン氏が公表したオースティン氏起用の理由が、イラクからの軍の撤退やワクチン配布のためのロジスティクスでの経験などの狭い期待であり、しかもオースティン氏が、46歳の若さで病死した自身の長男ボー・バイデンのイラク従軍時代の上官であったことで、批判が高まっている。

 また、オースティン氏起用の重要な要素と考えられるのが、黒人議員連盟(CBC)と党内左派からの2つの圧力だ。CBCからは、女性の起用が目立つが黒人閣僚が少ないのではという懸念が示されていた。また、国防支出を削減したい党内左派からは、本命候補だったフロノイ元国防次官が防衛産業と近いことが懸念されていた。

 しかし、オースティン氏も防衛産業のコンサルティングをしており、上記の2つの圧力を回避するだけならば、やはり黒人の第2候補ジョンソン元国土安全保障長官を指名してもよかったはずだ。ここには、バイデン氏のコロナ対策を優先するという発想と、派遣先のイラクで教会のミサに共に通い、退役後も付き合いが続いたオースティン氏と長男との個人的な繋がりを重視する政治家としてのスタンスが反映しているように思われる。

民主党内の3つの勢力

 ブルッキングス研究所のトーマス・ライト上級研究員は、米誌『アトランティック』11月22日付に「バイデンの外交が直面する悩ましい政治環境(The fraught politics facing Biden’s foreign policy)」を寄稿し、匿名を条件にインタビューしたバイデン政権の関係者の証言から、外交・安全保障政策に影響をあたえる党内勢力を「復旧派(restorationist)」、「改革派(reformist)」、「進歩派(progressive)」の3つに分類している。

「復旧派」は、オバマ政権での外交・安保政策を踏襲しようとする人たちで、冒険はせずに漸進的な政策を志向している。このグループは中国に対して厳しいスタンスはとるが、米中の対立関係に踏み込むことには躊躇があり、気候変動やパンデミックなどでの協力の余地を残そうと考えている。また、イラン核合意への単純な復帰を考えている。おそらく、気候変動問題担当特別大統領特使に任命されたジョン・ケリー元国務長官らが代表格だろう。

「改革派」は、これまでの民主党の政策では、中国にもトランプ支持の「アメリカファースト勢力」にも対抗できないと考え、より踏み込んだ政策を志向している。中国が米国への最大の挑戦者だと考えて対抗的な措置をとり、中東への介入を減らす方向では動くが、イランと湾岸諸国の双方に対して圧力をかけて、新しいイラン核合意をしようと考えている。さらに伝統的な自由貿易ではなく、サイバー安全保障や産業政策や技術などの視点をいれた「経済安全保障政策」的な志向がある。おそらく、ジェイク・サリバン次期国家安全保障担当補佐官が代表格だろう。

 そして「進歩派」は、先に経済政策の項でとりあげた左派勢力で、外交・安全保障の専門家は少なく、経済や内政の専門家が多い。しかしこの勢力は、外交・安全保障政策は国内の経済と政治の目標達成に従属するものと考えているため、現在の高額な国防支出に懐疑的で、米国の外交から軍事要素を減らしたいとも考えている。一方で、世界における民主主義の退潮には危機感を持っており、歯止めを掛けなければならないとも考えている。バイデン氏と予備選を争ったエリザベス・ウォーレンとバーニー・サンダース両上院議員を支持したそれぞれの勢力が典型だ。

 バイデン側近のサリバン氏やブリンケン氏は、予備選後にこれら進歩派と政策のすり合わせを行い、進歩派は主に経済・内政の要職に就いているが、一部は外交・安保チームに外から圧力をかけて、対中、対イラン政策や軍事費削減などに影響力を加えようとしている。

 バイデン氏は、これらの党内のバランスと、共和党議会との関係を調整することで、自身の政治的得点にしようとしているのではないだろうか。党内左派からの圧力を利用して自身に近い人間を国防長官に指名した人事には、その片鱗が見うけられる。

 しかしそこには、「お友達人事」に陥る危うさも内在している。ただ、それがバイデン氏の長い政治キャリアで習得した政治手法なのだろう。

 日本人には、自民党的な党内調整や、野党との国対(国会対策)政治をイメージすれば理解しやすいはずだ。逆にいえば、バイデン政権は、大きな変革をもたらすような大胆な政策を取れるような政治環境にはないということでもある。

【編集部より】

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渡部恒雄
わたなべ・つねお 笹川平和財団上席研究員。1963年生まれ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政治と政策、日米関係、アジアの安全保障の研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。2016年10月に笹川平和財団に転じ、2017年10月より現職。著書に『大国の暴走』(共著)、『「今のアメリカ」がわかる本』など、最新刊に『2021年以後の世界秩序 ー国際情勢を読む20のアングルー』(新潮新書)がある。

Foresight 2020年12月21日掲載

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