能年玲奈(のん)がやっと輝いた… 映画『私をくいとめて』で見せたアイドル的存在

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12月18日公開『私をくいとめて』★★★★★(星5つ)

 能年玲奈が声優として主演した『この世界の片隅に』の主人公・すずは、広島から呉に嫁いで戦時下の日常を生きて、片腕と故郷を失った。文字通り灰塵に帰した故郷・広島を訪ねたすずは、ふたりが出逢った相生橋の上で、夫・周作に告げる。

「この世界の片隅で私を見つけてくれて、ありがとう。今後も離れんでずっと、傍(そば)におってください」

 すずの口から『あまちゃん』の天野アキ、“アイドルの物語”を生きた能年玲奈の声が聴こえた。そして主演最新作『私をくいとめて』の黒田みつ子にはそのアイドルの輝く姿が、はっきりあったのだ。

――本稿は「のん」ではなく「能年玲奈」「能年」と表記する。洗脳とか事務所内独立などの真偽以前に本名を奪うことなど、許されないからだ。ブルゾンちえみが芸名を藤原しおり(藤原史織)に変えSNSフォロワーが激減したのとは、まったく反対である。

 ひとり焼肉、ひとり公園、ひとり日帰り温泉……『私をくいとめて』で能年玲奈演じるOL・黒田みつ子は、充実した“おひとりさまライフ”を楽しんいる、ように見える。しかし彼女には、無神経な上司の男性からハラスメントを受け、深く傷ついた過去があった。それからは他者と安全な距離をとって接するようになる。うちにある激しい感情を圧(お)し殺すため、みつ子は自分=Q(Question)の中にもう一人の自分=A(Answer)と自問自答することで何とか、ブレーキをかけているのだ。

 そんな彼女が年下の営業マン・多田くん(林遣都)に恋してしまった。いつしか手料理をおすそ分けしてもらうため多田くんは、みつ子の部屋の玄関先をたびたび訪ねてくるようになっていた。「黒田さんの料理はいつも、美味しいです」おそるおそるだけれど、二人の距離は近づいていく――。

アイドルと東北

 能年玲奈のブレイクスルーになったのはもちろん、NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)である。能年は、「会いに行けるアイドル」AKB48をモチーフにしたグループアイドル“GMT47”の一員だった。と同時に、共演した小泉今日子と薬師丸ひろ子の意志を継ぐことで、“ピンでも輝く”80年代黄金時代の「アイドル」として祝福されてもいたのだ。

 ところが、その後の仕事ではアイドル性は発揮されなかった。岩手銀行、全農いわて、岩手県の米……。『あまちゃん』のアイドルではなく「東北の部分」ばかりが、フレーム・アップされてゆくことになる。そして、悲しいことに映画ともすれ違いつづける。

『ホットロード』(2014)で演じたのは、年上の暴走族リーダーと恋に落ちる中学2年生の少女・宮市和希だった。原作は紡木たくの同名漫画。大型バイクを駆る恋人を後部シートからギュッと抱きしめて、赤信号の交差点に突っ込む――そんなスリリングな時間を生きている少女の内面から、この物語は語られてゆく。そして、拙いポエムみたいなセリフを読みながら能年は、自意識を持て余しているかのように目を泳がせ、挙動不審な身振りを見せている。

 クラゲマニアを演じた『海月姫』(2014)は、もっと悲惨だった。オタクを記号的にしか理解しようとしない非オタクが商売する傲慢さを感じる作品だった。「ニート」「女装男子」「童貞」といった、当事者にとっては切実な問題が、サラリーマンの飲み会の肴みたいに飛び交う――そんな限りなく志の低い映画に主演した能年も、罪なしとは言えないだろう。主演の彼女を目あてに映画館に行った観客のあいだに、マイノリティに対する雑な理解が広まってしまったかもしれないのだから。

 久々の主演映画となった『星屑の町』(2020)で演じたのが、歌手を志望し上京するも挫折し、東北に出戻ってきた田舎娘。しかしふたたび東京に挑戦した彼女は、今度は一躍スターダムにのし上がる。「アイドル」と「東北」ふたたび――これは『あまちゃん』の先にあり得たかも知れない、天野アキの物語だ。ミントグリーンで丸襟、ノースリーブのドレスを着て、白いリボンのベルト、白い手袋、白いカチューシャで装う……昭和レトロ風に着飾って、懐メロを歌う能年。スポットライトに照らされステージに立つ彼女は、まさにアイドル然としていた。

 さて、『私をくいとめて』の能年玲奈はどうだろう?

「ひとりで孤独に耐えている頃の方が、よっぽど楽だった……」

 多田くんとの距離が恋人同士のそれに接近し、みつ子は怯えている。ドライブの帰りに大雨に降られ、みつ子と多田くんはビジネスホテルに飛び込む。二人きりの部屋――緊張した空気をほぐそうと冷蔵庫から酒を取り出す多田くん。「わたし……氷持ってくる!」と部屋を飛び出すみつ子。「怖いよ、A……」。そしてA (Answer)とQ(Question)の切羽詰まった“自問自答”が始まる。

「多田くんが好きだけど、距離の取り方がわからないよ」「ひとりになりたい。もういいよ! いまはとにかく、逃げ出したい!」「誰か私をくいとめて!」――Qの叫びに応えてAが目の前に、肉体を持って現れる。なぜか、南の島の波打ち際に……。

 Aは答える。「もう必要以上に怖がらないでくださいね」「私と離れようとしているのは、あなた自身です」「あなたはあなたであることから、逃れられません」「ハハハ、ハハハ……ザッパーン!」

 そして大晦日の夜、みつ子と多田くんは外階段を歩いて、東京タワーの展望台を目指していた。踊り場で休憩している時おもむろに、多田くんが口を開く。「ずっと言おうと、考えてた」多田くんの告白にみつ子は問う。「多田くんと付き合ったら私の生活、どう変わるんだろう?」優しく微笑んで、多田くんは答える。「何も変わらないよ。ただ僕が、隣にいるだけ」

『この世界の片隅に』の夫・周作は、すず=能年玲奈の“声”を見つけた。『私をくいとめて』の多田くんは、大晦日の東京タワーの踊り場で、みつ子=能年玲奈の声だけでなく“姿”も見つけた。世界の片隅にいても光を放っている、特別な存在として。周作も多田くんもそこに「能年玲奈」を発見したのだ。そして私たちもまた。

 アイドル的存在の輝き――それは★の数では測れない。

椋圭介(むく・けいすけ)
映画評論家。「恋愛禁止」そんな厳格なルールだった大学の映研時代は、ただ映画を撮って見るだけ。いわゆる華やかな青春とは無縁の生活を過ごす。大学卒業後、またまた道を踏み外して映画専門学校に進学。その後いまに至るまで、映画界隈で迷走している。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年12月18日掲載

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