国家vs.巨大IT(上)米政府「グーグル提訴」バイデン政権も継承か

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 巨大になり過ぎた一部のIT企業に対し、各国が規制を強化しようとしている。米国では司法省が10月20日、「グーグル」がインターネット検索サービス市場で競争を阻害し、反トラスト法(独占禁止法)に違反しているとして提訴に踏み切った。1998年の「マイクロソフト」提訴以来、司法省としては約20年ぶりの巨大IT相手の訴訟となる。

 巨大IT規制をめぐっては「分割論」も浮上しており、ジョー・バイデン前副大統領率いる次期政権も監視の目を一段と強めるとみられる。

「記念碑的な事案」

 米司法省は首都ワシントンの連邦地方裁判所にグーグルを提訴。アーカンソー、フロリダなど11州の司法長官も提訴に加わった。

 訴状では、グーグルはネット検索・広告市場で反競争的・排他的行為を通じ、違法に独占を維持しようとしたと指摘。独占行為の停止と、対応措置を求めている。

 英語で「google it」、日本語でも「ググる」と言われるように、グーグルは今や、ネット検索の代名詞として使われている。

 11月時点の米国での検索エンジンのシェアでは、グーグルは実に87.69%を占める(スタットカウンター集計)。2位のマイクロソフト「Bing」は6.49%、3位「Yahoo!」は3.11%にとどまっており、2位以下は足元にも及ばない。

 グーグル「一強」は明らかだ。

 司法省は同社について、「時価総額1兆ドル、年間売上高1600億ドルと、地球上で最も財力のある企業の1つ」であり、「インターネットの独占的門番」になっていると形容。

(1)携帯端末メーカーなどとの間で他の検索サービスを初期搭載しないよう排他的契約を締結

(2)自社サービスの初期搭載を求め、削除できないようにしている

(3)アップルとの間で、同社のネット閲覧ソフト上でグーグルを標準検索サービスとするよう長期契約を締結

 などを違法行為の具体例として挙げた。

 その上で、グーグルの行為によって利用者や広告主、小規模事業者にとって選択肢が狭まり、プライバシーやデータ保護の質が低下、広告費が押し上げられ、ひいてはイノベーション(技術革新)が阻害されていると主張し、提訴の意義を強調した。

 提訴は11月3日の大統領選投開票日の2週間前だった。ドナルド・トランプ大統領に最も忠実な側近の1人であるウィリアム・バー司法長官率いる司法省が、政権の実績アピールのため「駆け込み」で提訴したのではないかとの見方も浮上した。

 しかし、司法省は今回のグーグル提訴について、石油大手「スタンダード・オイル」、通信大手「AT&T」、IT大手マイクロソフトに対する1世紀以上にわたる大規模独禁訴訟に連なる「記念碑的な事案」と位置付けている。

 ちなみに、スタンダード・オイルは市場独占を問われ、1911年に連邦最高裁判所で解体命令が出されたのを受け、30社以上に分割された。AT&Tも1984年、長距離通信会社と、地域通信会社7社に分割された。

 基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」の支配的地位の乱用を問われたマイクロソフトは、連邦地裁判決で分割命令が出されたが、上訴した連邦控訴裁判所(日本の高等裁判所に相当)で分割命令は破棄され、差し戻しの判断がなされた。最終的には和解に至った。

 今回のグーグル提訴も、巨大企業が米経済や消費者にもたらす弊害を除去しようとする、純粋に競争政策的な観点に基づいている側面が強い。

 逆の面から見れば、マイクロソフト提訴以来、約20年間にわたって、巨大企業に対する司法省の法執行は緩めの時代が続いたと言える。

米国民も「分割」支持

 グーグル提訴に先立つ10月6日、米議会下院司法委員会の小委員会に属する民主党議員は、巨大ITに対する監視強化を訴えた報告書を発表した。

 グーグルのほか、「アップル」、「フェイスブック」(FB)、「アマゾン」から成るGAFAは一連の買収などを通じて独占的な地位を築いたとし、「構造的な分離」や反トラスト法の強化を訴えたのだ。

 今回のグーグル提訴でも、司法省は「必要な場合には構造的措置」を裁判所が命じるよう求めている。「構造的措置」とは、分離・分割を意味する法律用語だ。

 民主党の大統領候補指名をバイデン氏と争ったエリザベス・ウォーレン上院議員も、自分が大統領になったら「アマゾン、フェイスブック、グーグルを解体する」と公約していた。

 巨大IT解体論は指名争いで主要な争点にならず、左派のウォーレン氏は異端視されていた。しかし、巨大ITに対する監視・規制強化は、今や世界的な趨勢になりつつある。

 欧州連合(EU)欧州委員会も、グーグルによる製品・サービスの「抱き合わせ」行為をEU競争法(独禁法)違反と認定し、これまでに総額43億ユーロ(約5300億円)もの制裁金を科している。

 昨年9月に公表されたシンクタンク「データ・フォー・プログレス」と調査会社「ユーガブ」による米国市民対象の世論調査によれば、巨大ITの分割を「強く支持」「やや支持」を合わせた回答は63%に達した。「強く反対」「やや反対」が計17%、「分からない」が20%だった。

 米国の一般市民も、3分の2が分割論に賛成していることになる。

検閲を問題視

 大統領選のキャンペーン期間中、SNSの「検閲」問題をめぐり、共和、民主両党の間から強い批判が出た。

 共和党は、民主党大統領候補のバイデン氏の不正疑惑を報じた米紙記事の閲覧をFBやツイッターが制限したことにかみついた。保守的な言論を抑圧しているのではないかとの疑念が背景にある。

 共和党は、SNSの発展に大きく寄与した「通信品位法230条」を廃止すべきだと主張する。

 230条は、SNS運営企業に対し、利用者の投稿に対する法的責任を免除している一方で、問題ありとみなせば、投稿を削除する裁量を与えている。

 民主党も、SNS上の偽情報を迅速に削除することを求めており、230条の見直しを支持している。

 両党とも、巨大ITへの規制強化という方向性は同じだ。

 違いは、民主党が主に競争政策の観点から巨大IT規制の強化を訴えているのに対し、共和党は、SNSによる検閲問題を重視している点にある。

 議会での動きとは別に、米連邦取引委員会(FTC)が、競争を阻害している疑いがあるとして、FBを近く提訴するとの観測もくすぶっている。

「提訴に欠陥」とグーグル反論

「司法省の提訴には重大な欠陥がある」

 提訴を受け、グーグルは直ちに反論した。

 国際担当シニアバイスプレジデントのケント・ウォーカー氏は公式ブログで、

「人々は自ら選んでグーグルを使うのであって、無理強いによって、もしくは他に代替サービスが見つからないから使うのではない」

 と主張。重ねて、

「訴訟を通じて低品質の検索サービスが人工的にてこ入れされ、端末価格が押し上げられ、望ましい検索サービスが人々の手に届きにくくなる」

 と批判した。

 共同創業者のラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン両氏とともにグーグルを巨大ITに育て上げたエリック・シュミット元最高経営責任者(CEO)も、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)に対し、

「市場支配と優秀であることは別物だ」

 と語り、提訴は見当違いとの考えを示した(10月21日)。

 クリーブランド州立大学のクリス・セイジャーズ教授は同紙の取材に対し、

「検索サービスは実際に市場と言えるのか。無料の製品によって関連市場が成り立つのか」

 と、提訴内容に疑問を呈している。

 市場を形成する製品の価値や量、関連市場の範囲に関する定義があって初めて、反競争行為による損害も認定できる。

 グーグルは、

「競争はわずかワンクリックの差(利用者はクリック1回で他のサービスに移って行くの意)」

 と、気の利いた表現で、競争原理が働いていることを強調している。

 グーグルは業態としてはオンライン広告企業だが、消費者にとっては、無料のネットインフラに過ぎない。

 消費者がグーグルの行為によって実害を被ったとまで言えるのか、疑問視する向きもある。

落としどころは和解か

 司法省としては、グーグルが同社のOS「アンドロイド」を搭載する端末のメーカーに対し、検索サービスのほか、メールサービスの「Gメール」、動画共有サービスの「ユーチューブ」といったソフトの使用を事実上義務付ける、抱き合わせ契約を結んでいる点を問題視している。

 訴状によれば、グーグルは競合サービスを排除するため、アップルや「LG」、「モトローラ」、「サムスン」といった端末メーカーからAT&Tなど通信会社、「モジラ」などブラウザー運営会社に対し、巨額の金銭的な見返りを支払っている。

 特にアップルに対しては、年間80億~120億ドル(約8300億~1兆2500億円)を支払っていると指摘。この額はアップルの年間純利益の15~20%に当たるとしている。

 グーグルは検索サービスを利用者には無料で提供するが、利用履歴を収集・分析し、嗜好に合わせた「検索連動型広告」を表示している。

 端末メーカーに自社サービスを初期設定として搭載してもらうことによって、莫大な広告収入が入る仕組みを構築しているのだ。

 バー司法長官は、今回の提訴の狙いを次のように説明する。

「司法省が(1998年に)マイクロソフトを提訴したことにより、グーグルを含む新世代の革新的なIT企業の誕生に道が開かれた。マイクロソフト訴訟後に競争が激しくなり、グーグルは小規模なスタートアップ企業から巨大インターネット企業へと成長することができた」

「グーグルの反競争的なやり方を放置すれば、技術革新の新たな波は現れず、米国民は『次のグーグル』がもたらしてくれる恩恵を受けられなくなる可能性がある」

 約20年前のマイクロソフト訴訟でも、やはり20州(ワシントンDC=コロンビア特別区=含む)が加わり、ワシントンの連邦地裁に提訴。2000年、連邦地裁はマイクロソフトに2分割を命令した。

 同社は連邦控訴裁に上訴。控訴裁は2001年、2分割命令を破棄、地裁に差し戻した。

 同社はさらに最高裁に上訴。その後、司法省は分割を求めない方針を打ち出し、2001年中に同社と和解で合意。翌年、連邦地裁は和解案を承認した。

 そして最後の州が最高裁への上訴を断念し、マイクロソフト訴訟が終結したのは2004年である。訴訟は足掛け6年に及んだ。

 では、今回のグーグル訴訟の行方はどうなるのだろうか。

 次期政権下でも訴訟が継続されれば、司法省、グーグルともに譲らず、控訴裁、最高裁へともつれ込む公算が大きい。法廷闘争はやはり数年に及ぶとみられる。

 IT業界の変化のスピードは速く、潤沢な資金力を持つグーグルにとっても、訴訟にだらだらと付き合うのはコスト的にも時間的にも無駄と判断する時が訪れるかもしれない。

 司法省としても、現実問題として負ける可能性を100%排除できない訴訟を続けるよりは、落としどころとして、マイクロソフト訴訟の先例にならい、和解に持ち込む可能性がある。

 和解の条件としてグーグルのビジネス慣行に何らかの是正措置が命じられれば、グーグルの支配的な地位にくさびを打ち込める。

 司法省の狙いは、グーグルに制裁金などペナルティーを与えることにはない。グーグル一強という競争環境を是正し、新たな技術革新をもたらすことが最終目的だ。和解であっても内容次第で当初の目的は一定程度、果たせる可能性があるのである。

次期「司法長官」次第

 バイデン次期政権が、前政権から受け取ったグーグル訴訟というボールを具体的にどう扱うか、現時点では不明だ。

 バイデン氏は11月8日、大統領選での当確報道を受け、政権移行に当たって取り組むべき経済再建構想を公表した。

 その中に競争政策に関する言及は見当たらない。

『フィナンシャル・タイムズ』(10月24日付)によると、民主党左派の中には、バイデン氏はIT企業に弱腰とされたバラク・オバマ元大統領の路線を踏襲するのではないかと「危惧」する向きもあるという。

 ただ、バイデン氏はグーグル提訴を受けて、『WSJ』の取材に対し、次のようにコメントしている(10月20日付)。

「現在、わが国における経済の集中と独占支配力の強まりは、競争・選択・繁栄の分かち合いといった米国の価値を脅かしている」

 基本的には、巨大ITに対する規制強化を支持しているように見える。

 グーグル提訴に踏み切ったバー司法長官の後任に誰が就くかも、重要な要素となる。

 現在、数人の名前が取りざたされている。

 そのうちの1人、サリー・イエーツ元司法長官代行は、2017年1月、就任したばかりのトランプ大統領にわずか10日で解任された閣僚第1号となったことで有名だ。

 イエーツ氏は、難民やイスラム圏出身者らの一時入国禁止を命じた大統領令を支持しないよう省内で指示し、トランプ大統領の逆鱗に触れた。

 カルテル事件などでは個人の責任を厳しく問うべきだと主張し、日本企業も震え上がらせた経歴の持ち主だ。

 司法長官に就任すれば、巨大IT相手に厳しい姿勢を維持することは想像に難くない。

 もう1人、エイミー・クロブシャー上院議員にも注目しておいたほうがいい。民主党の大統領候補指名争いに名乗りを上げたベテラン政治家だ。司法省のグーグル提訴を受け、

「このような深刻な独占状態に関しては、分割という措置を選択肢として残しておくことが重要だ」

 と語った。やはり巨大IT分割の支持派だ。

 そして前述したウォーレン上院議員の名前も下馬評に上っている。筋金入りの巨大IT解体論者であるウォーレン氏が司法省トップの座に就けば、名実ともに強力な「トラストバスター(独禁法取締官)」となるのは間違いなさそうだ。

有吉功一
ジャーナリスト。1960年埼玉県生まれ。大阪大卒。84年、東レ入社。88年に時事通信社に転職。94~98年ロンドン支局、2006~10年ブリュッセル支局勤務。主に国際経済ニュースをカバー。20年、時事通信社を定年退職。いちジャーナリストとして再出発。著書に『巨大通貨ユーロの野望』(時事通信社、共著)、『国際カルテル-狙われる日本企業』(同時代社)。

Foresight 2020年12月3日掲載

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